自分の子盗聴「山村美紗」は母としても凄かった ミステリーの女王、知られざる母の一面

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すでに小学生になっていた長女・紅葉にはワイヤレスマイクを仕込めるよう、大量のポケットやポシェットのついた手作り服を着せた。外で遊ぶ長女の様子をFMラジオで探るためだ。

テレビが超高級品だった時代、野球を見たい父のために3000個もの部品を買い集めて自力でテレビを丸ごと組み立てたこともある美紗にとって、盗聴ぐらいはお手の物だった。そんなことは知る由もない紅葉は、公園のブランコから落ちてもすぐに駆けつけてくる母のことを、スーパーマンだと思い込んでいたという。

働くなら家事育児を完璧にこなしてから

旅行に行くたびにありふれたものまで写真に収める母を不思議がった紅葉に対し、美紗はこんなことを言ったことがある。

「だってママは、将来作家になるでしょ。すごい売れっ子になるから、取材旅行に行くヒマもないはずなの。だから、今からこうやって資料を集めておくのよ」

『スゴ母列伝 ~いい母は天国に行ける ワルい母はどこへでも行ける』(書影をクリックするとアマゾンのサイトへジャンプします)

野心に燃える母は、自分を売り込むために上京することもたびたびあった。家を空ける間、子どもたちの面倒をみるのはお手伝いさんたちだ。ところが彼女たちの子どもが熱を出して仕事を休んだりすると、美紗は容赦なく彼女たちを叱り飛ばした。

家に子どもしかいないのを心配した紅葉の祖母が面倒を見に来ると、母を心配させてしまったと言って、またお手伝いさんを怒る。心を痛めた紅葉は、祖母から電話があっても美紗が東京に行っていることは隠すことにした。

親族より怖いのはご近所の目。京都の封建的な地域だったこともあり、適切な時間にきちんと洗濯物が干されていないと、どんな噂を流されるかわからない。

早朝の新幹線で東京に行くときは、美紗はあらかじめ室内で洗濯物を竿に通してから出かけた。頃合いを見計らってその竿をベランダに干すのは紅葉の仕事だ。好き放題に生きてたまたま成功した女性として見られがちな美紗だったが、「女が働くならまず家事育児を完璧にこなしてから」という社会につぶされることなく野心を燃やし続けるのは、並大抵の苦労ではなかった。

余裕のない母のギスギスした姿を目の当たりにし、自身も振り回された紅葉は、自分は将来絶対に専業主婦になって子どものお弁当を作ってあげようと誓うのだった(後編に続く)。

堀越 英美 ライター

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ほりこし ひでみ / Hidemi Horikoshi

1973年生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社、IT系企業勤務を経てライターに。二児の母。主な著書は『不道徳お母さん講座』(河出書房新社)『女の子は本当にピンクが好きなのか』(Pヴァイン)など。訳書に『世界と科学を変えた52人の女性たち』(青土社)、『ギークマム』(オライリー・ジャパン、共訳)

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