さらに驚くことがある。この症例報告には、この男性が過去に経験した副作用が書かれている。事件の2年前の2013年2月16日、レミニールの副作用として「激越」「攻撃性」「脱抑制」を生じたと記録されている。服用開始日はその約1カ月前の2013年1月5日だから、飲み始めてから1カ月で「激越」などの副作用があったということになる。にもかかわらず、原因となったレミニールは中止されることなく処方され続けた。もし、そのとき中止されていれば、この事件は起きなかった可能性がある。
抗認知症薬は「攻撃性」「せん妄」の副作用
傷害致死事件は極端な事例かもしれないが、抗認知症薬には「激越」「易怒性」などの攻撃性だけでなく、「せん妄」「幻覚」「不眠」のほか、「徘徊」などの精神神経障害の副作用があり、添付文書でも注意が促されている。
医療機関から紹介のあった認知症の疑いのある患者を受け入れている兵庫県立ひょうごこころの医療センター認知症疾患医療センター長の小田陽彦医師も、抗認知症薬の誤った処方があまりに多すぎると感じている医師の一人だ。
2016年11月、高齢の女性が1人で小田氏を訪ねてきた。女性自身の相談ではなく、70歳代の夫についてだった。夫から暴力を受けて別居したが、その夫の暴力が、ある薬剤を服用してからひどくなったというのだ。
夫は2014年4月に、アルツハイマー病と診断され、抗認知症薬の「アリセプト」が処方された。その頃から、夫は怒りっぽくなったという。車を運転して事故を起こし、それを機に運転をやめるよう説得したところ、激高した夫に殴られた。夫婦の別居は、このことが原因だったが、小田医師は一連の話からアリセプトによる「易怒性」を疑い、かかりつけの病院に処方をやめるよう求めた。
相談から1カ月が過ぎたある日、小田医師のもとに突然、男性が訪ねてきた。先に相談しに来た女性の夫だ。かなりの興奮状態で、「物忘れ」に効く薬剤と思っていたアリセプトを止められたことに立腹している。「服用している薬は感情をたかぶらせる」と説明したが、聞く耳を持たない。
認知症検査のミニメンタルステート(MMSE)を実施すると、30点中23点だった。23点以下は認知症が疑われるが、図に描かれた時計を「電話」、鉛筆を「薬」と回答し、文章もうまく書けない。ほかの症状や検査結果を総合的に判断して「前頭側頭葉変性症」と診断した。この症状にはアリセプトは効かないと説明したが、男性は納得しないまま引き上げた。
しばらくすると、その妻が再びやってきた。夫は薬剤をやめることができたが、その後は一転して穏やかになり、自動車免許も自主返納し、別居も解消した。その報告に来たのだという。