抗認知症薬の問題は、こうした精神・神経症状の副作用を引き起こすだけではない。
2005年と2015年の2度にわたって日本老年医学会の「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン」をまとめた同会理事長で、東大大学院医学系研究科老年病学の秋下雅弘教授が指摘するのは抗認知症薬の「消化器症状」の副作用だ。その重要性について、こう話す。
「(副作用で)多いのは食欲低下といった消化器症状。食べらないから虚弱・低栄養になって動けなくなり、寝込みがちになる。認知症がますます進み、悪循環だ」
そのうえで「(患者や家族が)物忘れを訴え受診すると、安易に処方されるケースがある」と疑問を投げ掛ける。そして、「使用は極力、慎重に。まず生活の見直しなどの非薬物的対応を行うべき」と指摘する。
「使用は慎重に。生活の見直しなど薬物以外の対応を」
抗認知症薬は、認知症の中でもアルツハイマー型(アリセプトはレビー小体型認知症も可)にしか効かない。ところが、診断が確定していないのに、あるいはアルツハイマー型ではなく別の認知症であることがわかっているのに処方するケースが少なくないと小田医師は感じている。その場合、効果が期待できないのに副作用だけが出現するので、危険極まりないことになる。
厚生労働省の調査によると、過去5年間(2013~2017年度)で75歳以上に処方された抗認知症薬の販売金額は毎年約1200億円で、ほぼ横ばいが続いている。ただ、この間、2年に1回、診療報酬の改定によって薬価は引き下げられて、1錠あたりの価格は下がっている。高齢者人口の増加という要因もあるが、国内の使用量は増え続けているといえる。
抗認知症薬は本当に効果があるなら、深刻な副作用があったとしても注意しながらも使っていくメリットはある。だが、その効果に疑問符が付けられている。
2018年6月にフランス政府は、抗認知症薬への国費による保険給付の中止を決めた。使用するならば患者は自費で賄わなければならない。フランス保健省のプレスリリースには、有効性や副作用について評価したところ、『治療的価値がない』とある。
フランスの決定は世界で注目されたが、抗認知症薬の保険適用除外に追随する国は今のところ見当たらない。抗認知症薬はアルツハイマー病を起こす原因そのものではなく、記憶力の低下という「認知症状」を抑制する薬剤だ。
日本でも関係学会などはガイドラインなどを通して、抗認知症薬の効果よりも副作用の危険性への注意喚起に舵を切らざるをえなくなっている。だとすると、抗認知症薬はなぜ使われ続けているのか。
その大きな理由の1つが、患者サイドの要請だ。