検討会の第1回目の会議で、プレゼンテーションに立ったのが神戸大学医学部の平井みどり名誉教授だ。1年にわたって高齢者への処方の検証作業を実施したところ、修正(薬剤の変更や減量、中止)が必要だったのはベンゾジアゼピン系薬剤が最も多かった。安易な処方を防ぐために病棟からベンゾジアゼピン系薬剤を撤去したことを報告し、「高齢者のベンゾジアゼピン適正使用が望まれるということを強調したい」と訴えた。
厚労省は2019年5月、検討会での議論をまとめ「高齢者の医薬品適正使用の指針」(総論編)を公表した。この指針のなかに「薬剤起因性老年症候群と主な原因薬剤」の一覧表がある。「ふらつき」「記憶障害」「せん妄」など7つの副作用カテゴリーのうち、6つに原因薬剤として「睡眠薬・抗不安薬」が入っている。睡眠薬・抗不安薬のほとんどがベンゾジアゼピン系薬剤で、その副作用が深刻であることを示している。
危険性が伝わらない添付文書
私たちは、ベンゾジアゼピン系薬剤の添付文書に問題があるのではないかと考えた。
添付文書は薬剤ごとに作成され、臨床試験段階の客観的な有効性・安全性情報が掲載されている。医師が最も注意を向ける薬剤の基本文書だ。製薬メーカーと厚労省が相談して作成し、新たな安全性情報があれば、改訂されていく。
この添付文書に危険性が十分に記載されていれば、専門外の医師の目にも留まるはずだ。
よく使われているベンゾジアゼピン系薬剤の添付文書を見てみる。「効能・効果」や「用法・用量」などの次に「使用上の注意」の欄がある。ここに高齢者への投与に関する注意事項が記載されている。
例えば、2017年度に院外処方で最も多く使われた「ソラナックス」の添付文書を見てみる。「使用上の注意」の冒頭に「慎重投与」とある。その6番目に「高齢者」が挙げられ、「『高齢者への投与』の項参照」と誘導している。その欄をたどってみると、わずか2行。
「高齢者では、少量から投与を開始するなど慎重に投与すること。[運動失調等の副作用が発現しやすい。]」
どの添付文書にも、学会のガイドラインで注意喚起された「過鎮静」や「認知機能の低下」などの文字はない。副作用に見舞われたら、自分を失って死期を早めてしまう可能性があるという危機意識は、この表現からは感じられない。
添付文書の冒頭に【警告】欄をつけて「高齢者の場合は、過鎮静や認知機能低下、運動障害などが発現するとの報告があるので、高齢者への投与は慎重に検討すること。使う場合は、患者や家族に危険性を知らせ、経過観察を怠らずに」などとする一文を盛り込むことはできれば、専門外の医師の目にも届くはずだ。