「この人に睡眠薬、本当に必要ですか?」
そう嘱託医に伝えると、ベンゾジアゼピン系薬剤の処方を減らしてくれた。しばらくして、座る姿勢がよくなってきた。スプーンで食事ができるようになり、車いすも乗りこなす。ほとんどしゃべれなかった女性が、日常会話ができるまでに回復した。
「薬剤を中止していなかったら、ウトウトしたままで人生を終わっていたはず。入居者の立場に立つと、とても心苦しい」
Aさんの勤務する特養には、ベンゾジアゼピン系薬剤などによって過鎮静に陥った高齢者が「2割、あるいは3割以上いるかもしれない」と話す。だが、この施設に勤務して間もない彼女は異論を唱えることができない。古参スタッフとの間で角が立ちかねないからだ。
ベンゾジアゼピン系薬剤によって過鎮静や認知機能の低下を招く危険性を知らない医師が少なくないことは、「認知症の数十万人『原因は処方薬』という驚愕」(2020年1月22日配信)で報告した。
一方で、動き回る患者を鎮静化させるため、つまりは施設の管理のために処方することは、いわば“確信犯”といえる。私たちには、これが薬剤を使った虐待に映る。服用しても副作用を招かない患者もいるが、それは偶然にすぎない。ひとたび過鎮静や認知機能の低下などを招いてそのまま放置されれば死期を早めることさえある。人生の最終章を迎える高齢者にとって、尊厳に関わる問題だ。
抜いたら安らかな日常が戻る
高齢者がベンゾジアゼピン系薬剤によって「薬剤起因性老年症候群」に陥るケースは、いろいろな医療施設で聞くことができる。関東の療養型病院に勤務する40歳代の男性職員Bさんは、病院の薬剤の使い方に疑問を持ち続けている。
80歳代の女性患者は、院内で転倒して腰椎を骨折してしまい、別の病院で治療を受けた後に戻ってきた。認知機能は落ちていたが、リハビリに励んで歩けるようになり、職員のためにマフラーを編むほどの回復ぶりをみせていた。だが動けるようになると、今度は転倒して骨折しかねないと、睡眠薬が処方された。
間もなく日常生活での意欲が減退し、話す内容も支離滅裂に。車いすに座らせても体が傾き、食べてもよくむせるようになった。面会に来た家族も動揺するほど変わり果て、やがて寝たきりになってしまった。
「患者をダラダラの状態にして管理するために睡眠薬が使われている。身体拘束と何ら変わらない」