私たちは厚労省の医薬・生活衛生局医薬安全対策課に、添付文書の情報が不十分ではないかと、疑問をぶつけてみた。花谷忠昭課長補佐の回答をまとめると、こうだった。
「適正使用につなげるためには、いろんなツールがある。学会のガイドライン、職能団体のガイドライン、国が出すガイドライン、メーカーからの情報提供もあり、そのなかに添付文書もある。各ツールで得手不得手があり、目的に応じて使い分けていけると思っている。添付文書の改訂を必ずしなければならないとは思っていないが、エビデンスがあれば当然する」
要するに添付文書を変更するには、「エビデンス」が必要だという。臨床試験や研究によって得られた「質の高い」データのことのようだ。ベンゾジアゼピン系薬剤による過鎮静や認知機能の低下を裏付ける研究・試験結果がないと、添付文書は変えられないということらしい。
最高レベルの注意喚起も厚労省はスルー
日本老年医学会の2015年のガイドラインには、ベンゾジアゼピン系薬剤を「可能な限り使用を控える」と結論づけた根拠として海外の基準や論文を挙げたうえで、そのエビデンスの質については最高の「高」とランク付けし、推奨度についても「強」とした。いわば最高レベルの注意喚起にもかかわらず、厚労省はこれらの根拠を「エビデンス」とはみなさないらしい。
日本老年医学会がベンゾジアゼピン系薬剤の危険性に警鐘を鳴らし続けてきたのは、高齢者に日々接している専門医としての危機感の表れだ。にもかかわらず、添付文書の改訂に難色を示す厚労省の姿勢は、私たちの危機感とは大きな乖離がある。
ここで断っておかねばならないのは、ベンゾジアゼピン系薬剤を闇に葬ることが私たちの目的ではない。むしろ逆なのだ。
服用しても副作用を発現しない患者もいるし、その効能に生活を支えられている患者も多い。注意深く経過観察すれば副作用は最小限に抑えることができる。薬剤を潰すのではなく、危険性を伝えるべく最大限の情報収集・伝達を徹底する必要がある。添付文書はそのための重要なツールで、適正使用は薬剤を生かすための命綱だと考える。
一方、この問題を突き詰めていくと、超高齢化社会に対応できないでいる日本の医療のひずみが見えてくる。
薬剤で事実上の拘束を禁止したら、どうなるか。おそらく医療現場はパニックに陥るだろう。人手不足や骨折の危険性を回避するためには、患者を自宅に引き取ってほしい、ということになりかねない。
家族での介護は、想像以上に大変だ。老老介護となって共倒れになる可能性がある。子どもが同居していたとしても、仕事を抱えながらの介護は難しい。薬剤起因性老年症候群を解決しようとすると、私たち社会にパンドラの箱を突きつけられていることに気づく。
(第3回に続く)
記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
印刷ページの表示はログインが必要です。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
無料会員登録はこちら
ログインはこちら