「第1段階の米中貿易合意」に透ける習近平の因縁 通商合意の調印式を1月15日に控える中で…

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私は驚いて、サラに具体的に”小説”とは何を指すのか、その題名を尋ねてみた。彼女は「わからない」と答えたが、マーク・トウェインの小説とミシシッピ川といえば、誰もが思い浮かべるのは、彼の代表作の『トム・ソーヤーの冒険』だろう。

しかも、彼の小説でミシシッピ川が舞台となるのは、同作とその続編の『ハックルベリィ・フィンの冒険』くらいのものである。中国の国家体制からしたら、とても想像のつかない取り合わせだった。

トランプ大統領が農業分野の合意を急ぐワケ

だが、私はそこから1つの仮説を抱き、それが今は確信に変わりつつある。

【トム・ソーヤーに憧れた習近平は、アメリカが大好きである】

そうすると、いろいろなことが1つに結び付く。

かつてのホームステイ先を訪れたのち、将来の国家主席はアイオワ州の州都デモインで、同州の歓迎式典にも出席すると、その夜のうちに同行した取引業者に43.1億ドルに及ぶ大豆の買い付け契約を結ばせているのだ。

それは大豆の自給率7%の日本の総輸入額の約2年分に当たる。地元の生産者を驚かせたことは言うまでもない。

「今では、アメリカ産大豆の60%は中国に行く」

アイオワ大豆協会の幹部がそう語るほどに、アメリカの穀倉地帯の中国依存の構図は、このときからできあがっていた。

それが、米中貿易戦争におけるアメリカ産農産物への報復関税によって、アイオワ州は大打撃を受けた。すかさずトランプ大統領は生産農家へ280億ドルの輸出補助金を拠出している。

そして、2020年1月という時期の第1段階合意。アイオワ州は毎回の大統領選挙において、全米で最も早く党員集会を開くことで知られる。他州に先を越されるくらいなら、前年に前倒ししてもいいと主張するほどに、アイオワ州は最初にこだわりを持つ。今年も大統領選挙のスタートを切るアイオワ州の党員集会が2月3日(現地時間)に予定されている。しかもアイオワ州は勝利を左右するスイングステイトにあたる。

トランプ大統領も農業分野の合意を急ぐわけだ。それは憧れのミシシッピ川の畔の子ども部屋に寝泊まりした国家主席もよくわかっている。大統領と国家主席を結ぶ奇妙な因縁が、この時期の署名を実現させた。

言い換えれば、この調印式こそ国家主席が大統領選に大きな貸しを作った証になる。

青沼 陽一郎 作家・ジャーナリスト

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あおぬま よういちろう / Yoichiro Aonuma

1968年長野県生まれ。早稲田大学卒業。テレビ報道、番組制作の現場にかかわったのち、独立。犯罪事件、社会事象などをテーマにルポルタージュ作品を発表。著書に、『オウム裁判傍笑記』『池袋通り魔との往復書簡』『中国食品工場の秘密』『帰還せず――残留日本兵六〇年目の証言』(いずれも小学館文庫)、『食料植民地ニッポン』(小学館)、『フクシマ カタストロフ――原発汚染と除染の真実』(文藝春秋)などがある。

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