ドイツで初めて誕生した右派ポピュリズム政党AfD系首長が語ったこと…「"左"と"緑"に支配されている」「ロシアは頼れるパートナー」【第3回】
旧東ドイツのテューリンゲン州ゾネベルク市は、かつての東西ドイツの境界に位置している。ピルナ市から特急列車とローカル列車を乗り継いで到着した駅前には、地方の市にしては立派な市庁舎の時計台が、暗がりの中そびえていた。
ゾネベルクでの最大の目的は、ゾネベルク郡のローベルト・ゼッセルマン郡長(52歳)のインタビューだった。駅近くの民泊の宿から翌朝、徒歩で郡役所に向かった。

郡(Landkreis)は、任務を単独では実施できない小規模自治体(市町村)が集まって、共同で一定の任務を担当する行政組織で、ドイツ全土で294ある。同郡はゾネベルク市をはじめ8つの自治体からなる。
「”左”と”緑”が支配している」
23年6月にゼッセルマン氏は選挙で郡長に選出された。ドイツのための選択肢(AfD)の政治家が郡長の座を占めるのはドイツで初めてだった。2回目の決選投票で、AfD以外の政党による「全政党連合」がキリスト教民主同盟(CDU)の候補を推したにもかかわらず阻止できなかった。
指定された午前10時前に郡役所につくと、特段警備もなく、案内に座っていた女性から、そのまま階段を上って3階にある氏の部屋に行ってくれ、と言われた。ゼッセルマン氏は元弁護士で、眼鏡をかけたやや童顔の人だった。
ドイツメディアからの取材は断ることもあるというが、私に対しては始終友好的だった。自家用車はトヨタということで、日本にはとりわけ好意的な考え方を持っているようだった。
1時間余りのインタビューでの発言内容は、今のドイツの主流とは明らかに正反対の考え方だ。




















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