「本当にいい組織」ほど基本に忠実という事実 分業しつつも分断されてないのが良い組織
楠木:そして、最後に私がいちばん好きな条件があって、「達成したら終わり」ということです。全員で命をかけて脱走を実現するんですけど、脱走した後は何もありません。仕事はここまで、という区切りがあるほうが、私は好きですね。
秦:セムコスタイルでも、「仕事と報酬」というのはかなり明確に合意する文化があります。例えば、“3カ月で冷蔵庫を20台売ってくる”という仕事で、報酬も合意されたなら、21台目を売る必要はない。ところが、「20台売れたのなら30台売ってこい!」という、合意されてない指令が後からきたりする。もっと言うなら、2カ月で売り切れるならそれで終わってもいい。というのが、セムコスタイルの基本的な考え方の1つです。
楠木:今回引き合いに出した『大脱走』のような組織や、セムコ社のように3000人規模の会社で実際に奇跡の組織運営をやっている会社がある一方で、「それって再現性ないよね」っていうのが多くの人の意見だと思うんです。ただ、会社全体では起こらなくても、会社の中の1つの部署単位では、非常にうまくいっているケースもありますよね。
秦:そのとおりです。セムコ社でも、実質は10人規模の組織が無数にあり、小規模のビジネスが組み合わさって大きな組織を形成しています。多くのスポーツでも、1チームはだいたい10人ほどです。
そのくらいの人数のほうが、お互いがどういう人で、何に興味があるのか、どうしてこのチームに参加しているのか、どういう能力でこのチームに貢献しようとしているのかなど、それぞれが深く関わりやすくなりますよね。人数が増えていっても、小規模単位の組織が増えていく、という考え方です。
楠木:なるほど。そういう規模で考えるなら、わりと普遍的なモデルに感じられますね。
決して、ティール組織を目指しているわけではない
秦:セムコスタイルとよく混同されるのが、「ティール組織」です。しかし、セムコ社自体は、自らの組織をティール組織とはまったく思っていません。フラットな組織にすることも、給料を自分たちで決めることも、それ自体が目的で生まれたわけではありません。いちばん実現したいことは、「どうやったら、会社の中に眠っている全員の知性が表に出てくるか」という1点です。
どんな働き方であれば、どんな制度があれば、どんな報酬体系であれば、結果としてそれぞれの知性が最大限に発揮されるかということを40年間研究し尽くして、今の形に至っているんです。繰り返しますが、結果としてフラットな組織のほうが知性が集まってくると考えたからそうなっているだけで、それ自体が目的だったわけではありません。
楠木:これ、非常に重要な話です。セムコ社が話題になったのは確か10年ほど前ですよね。そのころ、多くの会社がこれはすごいといって勉強したり現地に見学に行ったりしました。それで何をやったかというと、ベストプラクティスをまねするんですね。
例えば、給料の決め方だったり。その結果、大失敗する。セムコ社には究極の目的があって、それを達成する手段として、あくまで“その時点“での手段として実行しただけであって、そのやり方自体は普遍的なベストの解決策じゃないかもしれない。
秦:そうなんです。実際に、セムコ社が話題になった当時のやり方の約7割は、現在は実行されていません。あくまで、その時代、そのとき実現したかった目的に対してのやり方なんです。