「山の神」と呼ばれた男の思考術

卒業から7年、今井正人が結果を出し始めた理由

卒業から7年、なぜ「山の神」は進化したのか?(写真:日刊スポーツ/アフロ)

3月2日のびわ湖マラソンで今季の国内メジャーレース(男子)がほぼ終了した。好条件となった東京マラソンで8位に入った松村康平(三菱重工長崎)の2時間8分9秒が日本人では最速タイムで、日本勢の盛り上がりはもうひとつだった。そのなかで、今後への期待感を十分に抱かせたマラソンランナーがいる。別府大分マラソンで2位に食い込んだ今井正人(トヨタ自動車九州)だ。

どんな業界でも結果を残すのは簡単なことではない。必要以上にプレッシャーがかかる場面では、その“難易度”はグッと高くなる。特にスポーツの世界では、スター候補と注目された選手たちが、周囲の期待に応えることができないままフェードアウトしてしまうことも少なくない。かつて箱根駅伝で「山の神」と称えられた今井もメディアの“犠牲”になったアスリートといえるかもしれない。

今井は順天堂大学時代に箱根駅伝の“山登り”区間である5区で大活躍した。3年連続で「区間新記録」を打ち立てると、最優秀選手賞にあたる「金栗杯」も3年連続で受賞。箱根駅伝のヒーローは大学卒業後、“ロンドン五輪の星”として注目を集めた。今井が走ると、マスコミが取り囲み、翌日のスポーツ紙に記事が載った。いい時も悪い時も。そこには必ず「山の神」という言葉が並んだ。本人の意思には関係なく、箱根駅伝の“影”が大学卒業後の競技人生にも付きまとった。しかし、今井正人は自分を見失うことはなかった。

「大学卒業後も『山の神』などと言われることは、周囲の評価であって、自分の中では何も感じていません。もう箱根駅伝を走ることはないですし、周囲からどんな目で見られても、自分さえブレなければ大丈夫だと思って、競技を続けてきました。失敗レース後に取材を受けるときは正直、情けない気持ちになりますが、注目されなくなったら終わりだと思うので、取材されることもモチベーションになっています」

思うような結果を残せなかったレース後の取材では、不快感をあらわにする選手も少なくない。それは人間であれば自然なことだろう。でも、今井は走れなかったときも、前を見据えて、丁寧に取材に答え続けた。

マラソンが自分の“居場所”

箱根駅伝で大活躍した選手たちは、マラソン挑戦には慎重な姿勢をとることが多い。しかし、今井はマラソンが自分の“居場所”だと早々と決めて、社会人になって2年目の2008年8月、北海道で初マラソンに挑戦した。

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