男女格差の真相
ニューヨークタイムズが指摘するように、HBSがより男性寄りな環境であることは、ある程度は正しい。1クラス90人の前で発言するには「強い自己主張」が求められるし、そもそも正解がない中での発言は、多少、「自意識過剰」であったほうがやりやすい。成績の50%が授業中の発言で決まるHBSにおいて、一般的に男性的な特徴として挙げられる自己主張や自意識過剰が有利に働くのは間違いない。
また、HBSではアカデミックとソーシャルな面が密接に絡み合う。HBSではネットワーキングが盛んに行われるが、女子生徒の中には、この2年間で将来の夫に出会いたいと思っている人もいる。結果、周囲の目を意識して、”女性らしく”おとなしく振る舞おうとする人もいる。
しかし、HBS内で男女格差がありつつも、個人差も同じく大きいのも事実だ。HBSの環境でも非常にうまくやっている女子生徒も多いし、私のクラスでは女性の成績優秀者のほうが相対的に多いくらいだ。
また、そもそも性別というのは、HBSを構成するさまざまなダイバーシティのたったひとつの切り口にすぎない。スラム育ちから超富裕層、元オリンピック選手から地雷で足をなくした人までが一同に介するHBSでは、ひとりとして同じ人はいない。多面的な人の一面のみを切り取ってグループ分けをし、特定のグループに有利・不利という議論自体があまり意味を持たないように思う。
一方で、あの記事が身近に存在する男女格差について、目を向けさせてくれたのも事実だ。恥ずかしながら、私は記事を読んでクラスメートと男女格差についてディスカッションするまで、それが深刻な問題だと気づかなかった。とある女子生徒は、ケース主人公の大半が男性であり、そのケースを使って教える教授もほとんどが男性であることに不満を抱いていた。しかし、彼女によると、これはHBS内の問題ではなく、そもそもビジネス社会において、ケースの題材となる女性リーダーが少ないことが要因なのだそうだ。
HBSはビジネス社会の縮図
男女格差問題は、なにもHBS内に限ったものでなく、アメリカ社会全体の課題である。むしろ、ビジネス社会の男女格差が、そのままビジネススクールに反映されている。活躍する女性リーダーが少なければ、実社会で経験を積んだ女性が教授になることも少ないし、女性がケースの主人公になることも少ない。するとビジネススクールの授業内容は男性寄りになり、女子生徒に厳しい環境になってしまう。完全な悪循環だ。
既婚・未婚にかかわらず、HBSの女子生徒の大半(というか私の知るかぎり全員)が卒業後は働くことを考えている。出産と育児という数年以内に訪れるであろうイベントに対しては、ナニー(ベビーシッター兼家庭教師)を雇うか、長時間オープンしている保育園を使いながら、なんとか乗り越えようと考えている。
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