英語のつづりと発音が違う意外な「歴史的事情」 なぜ「オペンホーセ」と読まないのか

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とくに『古事記』という日本最古の書籍に対し、これは平安時代に捏造された偽書だとする説はつねにあったそうですが、この上代特殊仮名遣いの法則をあてはめると、以降の年代の人には区別できないはずの母音の使い分けなどが正確にされていたことから、古事記偽書説は一掃されました。いやー、われわれ文法愛好家にとってエキサイティングなエピソードですねー!

話を英語に戻しましょう。

では、この大母音推移がなぜ起こったのか。いくら言葉は生き物とは言え、わずか200~300年程度の期間に英語の発音が劇的に変化をしたのは何らかの特殊な事情があるに違いありません。

しかしこれについては、実はまだ定説がありません。黒死病が流行したことで当時の知識階級がいなくなり、庶民の発音が一般的になったとか、1066年に起こったノルマンコンクエスト(フランスノルマン公国によるイングランドの支配)の影響であるとか、この話だけでも歴史のロマンを感じるエピソードは尽きることなくあります。

活版印刷でスペルが「固定化」された?

大母音推移によって英語の発音はスペルと違うものになってしまった。実はそう考えるのは単純すぎる理解で、そうなるためにはもう1つ、人類史に残る大発明が関係してきます。それは、1439年ごろとされるグーテンベルクによる活版印刷の発明です。

実は、表音文字である英語のつづりというのは比較的柔軟で、単語の発音が変化するに従ってそのつづりも変えていました。

ところが、そこへ登場したのが活版印刷です。活版印刷によって、人々はさまざまな知識や情報を共有・保存できるようになり、人間の活動に影響を与えました。例えば今のキリスト教徒が世界中にいる社会は、『聖書』という書物が活版印刷によって大量に印刷されたことで世界中に広がり、その結果キリスト教徒も増えたといわれています。

一方で、活版印刷は「文字のみによる知識」というものを誕生させたことになります。1度製版された書物は何十年と保存がきくので、発音の変化とは関係なく同じスペルが固定されることになります。人類史のうえで最も偉大な発明の1つ(ほかは車輪、火薬などでしょうか)とされる活版印刷ですが、21世紀の英語学習者を悩ませることになろうとは、グーテンベルクも想像すらしなかったでしょう。

英語のつづりと発音の違いについては、ほかにもKnowの「K」やHonorの「H」、Doubtの「b」などの謎の発音しない音はなぜあるのか、大母音推移以外にもいろいろなエピソードがありますので、機会があればそれも紹介していきたいと思います。

実は私がそれなりに日本語を使いこなせるようになったきっかけも、日本語の文法に興味を持ったからなのです(ニンジャとアニメ以外の日本に興味を持つ外国人だっているのです)。まずは英語という言語の背景や歴史について面白そうだな、と思ってもらえれば幸いです。

デビット・ベネット テンストレント最高顧客責任者

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David Bennett

1979年にジャマイカで生まれ、カナダ国籍を持つ。カナダトロント大学大学院卒。早稲田大学にて日本語を習得、学習院女子大学大学院にて日本古典文学を学ぶ。東京でコンサルタントとして社会人キャリアをスタート。AMD社コーポレートバイスプレジデント、および同社のレノボアカウントチームのゼネラルマネージャーを務め、コンシューマー、コマーシャル、グラフィックス、エンタープライズプラットフォームなど広範な事業を手掛ける。2018年5月レノボ・ジャパン社長に就任、2022年6月から現職。古典文学が好き。

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