「バカと思い込みの強い人」が世の中を変える  

年齢やキャリアを重ねてもサードドアは開ける

しかし彼は、今や世界中からいろんなリアクションを集めるようになっています。そこからまた次の壁を感じて、乗り越える能力を身に付けてゆくでしょう。この本には、彼は自分に何が欠けているかをつかむ能力を身に付けていった過程がちゃんと書かれていますからね。今後、彼はまた新たな成熟の段階に進むだろうと僕は見ています。

このように考えるのは、僕自身のライフストーリーを重ねるからです。大学に入って3年目、48歳の頃のことです。当時は『週刊東洋経済』が高橋亀吉賞を設けていて、「よし、これで賞金50万円を獲れば大学の授業料が払えるぞ」なんて思ってね。北岡伸一先生に読んでもらって丁寧な示唆をいただきながら必死で書き上げた論文が『良質な社会と自己訂正能力』(1992年高橋亀吉賞受賞)でした。

このときに組み立てたロジックは、僕にとってのマスターピースになり、僕はいまだにそれを超えられません。やはり1冊の本にそれほどのパワーを注ぎ込むということは、人生においてそう何度もできることではないんですよ。

僕がアレックスの年齢のときは、郵便局から組合の調査部に入ったばかりでした。そこで、地域ごとに条件の異なる場所で仕事をしている配達員への手当の基準を考えるために、全国の配達状況を調査することになったんです。

例えば、雪が何メートルも降る地方では、夏と冬とでは仕事の条件がまったく変わります。あるいは、長崎のように坂ばかりでバイクも自転車も使えない地域もある。東京となると、今度はものすごい量の郵便物があって、1日で2000通配達する人、100通配達する人という差が出る。

こういった実態を、季節ごとにそれぞれの地域を訪ねて話を聞くわけですが、いま思えば、ああいった調査には、圧倒的なパワーが必要だった。せっかくはるばるこの地域まで来たんだから、聞けるだけ話を聞こうということになって、家に帰る、東京に帰るなんてことはどんどん後回しになっていくんです。後先考えずに、朝から晩まで寝ないで走り回っているようじゃないと、できない仕事というものがあるんですね。

そして、調査結果を全国に配るためのリポートを作ったのですが、これは読んだ人が「ああ、よその地域もそれぞれの苦労があるんだな」と納得するためのものでもあります。そのために、誰にでもわかるようにやさしく書くということも覚えました。このときの経験は、後年、新たな現場調査に携わったときにもとても役立ちましたよ。

マスターピースを見つける時期は人それぞれ

『サードドア』では、アレックスが若さゆえのパワーで飛び出して、しかし大学への未練や親との折り合いなどを抱えつつ、「今日帰らないと期末試験が受けられない」という窮地に陥ったりもします。行き当たりばったりの繰り返しにも見えますが、僕はやはり、未来を設計することは誰にもできない、だからこうなるのだと考えます。とにかく走っているうちに、だんだんとその蓄積が自分の未来を決定していくのです。

アレックスは『サードドア』で、僕は『良質な社会と自己訂正能力』でマスターピースを見つけましたが、人によってそれを見つける年齢は違うでしょう。ふいに昔の落とし物を思い出して、そこから何かが生まれることだってある。たくさん落とし物をしていれば、また後でいくらでも拾い直せますからね。

そういう意味でも、この本は、ある程度の経験をした人が、自分を振り返るためにとても役立つ本だとも思います。とくに若い人は、効能を求めて本を読む傾向が強い。だから、理解できないものには飽きてしまいます。

『サードドア』は自己啓発本ではありません。ハウツーがあるわけでもない。だからこそ、経験を積んできたビジネスパーソンに読んでいただきたいですね。きっと深く理解できる部分があるでしょう。

(構成:泉美木蘭)

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