箱根の台風被害で問われる「災害報道」のあり方 「温泉供給停止施設数」の報道は適切だったか

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この新聞は比較的丁寧に報じており、記事中の「宿泊施設」の中には企業の保養所なども含まれることから、箱根DMOが発表した99軒(旅館・ホテルのみ)と照らしても、おそらく数字としては間違ってはいないのだろう。しかし、とくに22日付の記事のみを読んだりすれば、被害が過大に見えてしまう。

他紙を見ると、「強羅や仙石原エリアの少なくとも230施設に提供できない状態」と旅館・ホテル、別荘などの内訳を明記していない記事が見られるほか、「400の宿泊施設などで温泉供給が止まったまま」と明らかに過大と思われる数字を報じたメディアもあった。これだけを見れば、箱根の温泉旅館・ホテルが壊滅的な打撃を受けたとも取られかねない。

こうした数字が次々と出された原因として、公式の数字を発表するタイミングが、やや遅かったのではないかとも思えるが、佐藤氏は、「災害発生後、滞在しているお客様が安全に帰宅し、これから来ようと思っているお客様に安全に来ていただくことが最優先であることから、道路等の交通インフラの状況把握を優先せざるをえない。

また、2015年の大涌谷の小噴火の際に、町内のエリアごとにバラバラに情報発信されたのに比べると、2018年4月に箱根DMOが発足し、情報取得・整理・発信の手順ができていたこともあり、今回は比較的スムーズに情報収集に当たれたほうだと思う」と説明する。

今回の報道に関してメディアの側にも、もちろん悪意があったわけではないし、独自取材や報道の多様性が重要であるのは言うまでもないが、災害時の報道のあり方を考える契機とすべきであろう。一方の行政や公的機関の側も、いざというときに、どこが一元的に情報を収集、整理、発信するのかルートと責任を明確にし、周知しておくなどの努力が求められよう。

災害から得た教訓は?

なお、今回の災害を通じて、箱根全体を見渡すと進歩が見られた面もあると佐藤氏は話す。「台風19号で温泉の供給が止まったのは強羅、仙石原の一部施設のみ。本来であれば、被害が発生したエリアを特定するような情報を出すのは、当事者からすれば嫌なことであるはず。

しかし、強羅、仙石原の両観光協会長・旅館組合長が、箱根全体の被害のように報じられるとほかのエリアに迷惑がかかる。箱根一丸となって、しっかりと情報を出していこうと言ってくださった。町内の各エリアがバラバラでまとまりにくいという、これまでの観光地・箱根の課題の克服という意味において、災害を通じて大きな進歩があった」。

さて、今回箱根が体験したことは、ほかの観光地においても、今後に向けての学び・教訓になるのではないだろうか。この点について佐藤氏は、大事なことが2つあると話す。

「まず、台風は来ることが予想可能であり、いかに準備されているかが重要だ。この点、箱根は火山帯であり、各エリアの消防団がしっかり組織されており、危険にさらされている人たちの救助をいち早く行うことができた。また、2015年の小規模噴火時に避難マニュアルが整備されていたことも、災害への準備という意味で大きかった。

箱根DMO(箱根町観光協会)の佐藤守専務理事(筆者撮影)

もう1点は、災害が起きたときの初動をいかに的確に行うかが大事だ。正しい情報を把握し、発信していくことが、まずは求められる。お客様への情報発信で難しいのは、かつては団体旅行が多く、情報もまとめて出せばよかったが、今は外国人の個人旅行が増えており、きめ細かな対応が必要になる。もちろん外国語サイトなどにも情報は出しているが見ない人も多い。台風直後は、箱根の大きな入口である箱根湯本の案内所にスタッフが泊まり込みで案内を行った」

被害に遭われた方々や会社もある中で軽々しいことは言えないが、想像もつかないような雨量に見舞われたにもかかわらず、箱根で比較的早く復旧が進むのは、2015年の噴火などを踏まえての「備え」があったればこそという面が大きいのではないか。

森川 天喜 旅行・鉄道ジャーナリスト

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もりかわ あき / Aki Morikawa

現在、神奈川県観光協会理事、鎌倉ペンクラブ会員。旅行、鉄道、ホテル、都市開発など幅広いジャンルの取材記事を雑誌、オンライン問わず寄稿。メディア出演、連載多数。近著に『湘南モノレール50年の軌跡』(2023年5月 神奈川新聞社刊)。2023年10月~神奈川新聞ウェブ版にて「かながわ鉄道廃線紀行」連載開始

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