ノーベル経済学賞「実証実験による貧困対策」に 経済学は「モデルから実証へ」潮流が変化

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どれも、まったくのまちがいではないだろう。でもそれがどの程度重要なのか。往々にして援助の現場は特に明確な根拠もなく、「どこそこで成功した」という個別の事例と、そのときの業界の流行に流されてしまう。そして、その成功率は必ずしも高くない。貧しいところでは何をやっても頑固に貧困が続く。支援する側も援助疲れを起こし、本国で貧乏人はそもそも能力がないから貧乏なんだ、助けるだけ無駄だ、という極論が台頭しても、なかなか反論できない。

彼らが南米やインドを始め各地で行ったランダム化対照実験は、それを変えた。何がどれだけ成功するのかについて、いまやきちんとした数値評価が得られる。何か他の条件があったのではないか、見たいところだけ見た結果ではないのか、といった懸念はかなり減った。政権交代などがあっても、そうしたしっかりした実証データがあれば、恣意的な政治介入に抵抗して有効な施策を継続しやすくなる。

さらに「きちんと比較実験しました。XXのほうがよいという結果でした」というだけではない。筆者訳バナジー&デュフロ『貧乏人の経済学』(みすず書房)では、そうした対照実験の結果として得られた、予想外のさまざまな結果が紹介されている。

たとえば、飢えているはずの人々に追加のお金を渡しても、足りない食料を買うとは限らない。むしろ社会生活に重要なテレビを買ったりする。

いったいなぜだろう。そうした予想のずれは、ときに社会的な要因が原因であり、ときに行動経済学的な認知の問題であり、いずれもまさにこれまでの援助を失敗させてきたものだ。実証を通じて、本当に大切な要因が抽出され、今後の支援の改善に対するきわめて重要な知見がもたらされることになる。

思い込みからの解放、貧困対策の改善に貢献

筆者訳。バナジー教授、デュフロ教授の共著『貧乏人の経済学』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします)

まとめよう。今回のバナジー、デュフロ、クレマーの受賞は、現在の経済学における「モデルから実証へ」の大きな流れの一部であり、またその中で、実証の新しいツールである、ランダム化対照実験を経済学に導入したという大きな手柄によるものだ。

同時に、それを世界的な課題である貧困対策に適用したことで、これまで思い込みに支配されてきた援助分野に実証的な基盤をもたらしつつある。そしてその実証結果は、行動経済学的な歪みも含め、貧困者特有の考え方や課題についての意外な事実を明らかにしてくれる。それがさらなる貧困対策の改善に貢献する――それが大きく評価されたための受賞だ。

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