ノーベル経済学賞「実証実験による貧困対策」に

経済学は「モデルから実証へ」潮流が変化

2019年のノーベル経済学賞を授与された3人の研究者(写真:ロイター/Karin Wesslen/TT News Agency)
2019年のノーベル経済学賞はマサチューセッツ工科大学のアビジット・バナジー教授(58歳)、エステル・デュフロ教授(46歳)、ハーバード大学のマイケル・クレマ―教授(54歳)の3人の共同受賞となりました。バナジー、デュフロ夫妻の共著『貧乏人の経済学―もういちど貧困問題を根っこから考える』(みすず書房 、原題:Poor Economics: A Radical Rethinking of the Way to Fight Global Poverty)の翻訳者でもあり、アカロフ、シラー、クルーグマンなど歴代受賞者の翻訳でも知られる山形浩生さんが、今回の受賞者の研究内容と意義を解説しています。

 

10月15日、ノーベル経済学賞が発表され、アビジット・バナジー、エステル・デュフロ、マイケル・クレマーの3人の共同受賞となった。公式の受賞理由は、「世界の貧困軽減に対する実験的アプローチに対して」だ。

これはとても優れたまとめなのだけれど、背景がわからないと、何がすごいのか、わかりにくい。そして、その背景として何よりも重要なポイントは、経済学の理論や、それをもとにした政策の有効性をきっちり証明するのはとてもむずかしいということだ。

ランダム化対照実験を経済学で使ってみた

たとえば、早い話が、経済を発展させるにはどうしたらいいんだろうか。

これはアダム・スミス『国富論』以来の経済学の基本問題だ。でも、いまだにきっちり答は出ていない。すべて自由市場に任せればいい、いや市場はちゃんと規制しないとダメだ、いや社会主義的に統制すべきだ、あれやこれや。

今の日本は不景気からどう脱出すればいい? 消費税率を上げればいい、という変な説もあれば、いや、まず減税、いや規制緩和だ、財政出動だ、と百花斉放。

もっとミクロな話ですらはっきりしない。人にもっとやる気を出させるには? アメとムチで釣ればいいという話、ギチギチ管理しろという人、主体性に任せろという人、これまたいろいろだ。

なぜこうも意見が分かれるのか。それは経済学では、きちんと実験して白黒つけるのが難しいからだ。

いまの経済学ではしばしば、いくつかのもっともらしい想定から数式モデルを構築し、それをもとに議論を進める。これで明らかになることは実に多い。でも実際の世界は必ずしもモデルどおりにはいかない。

では、過去のデータを分析して確かめたらどうか。これまた強力な手法だ。でも実際には、世の中、常に多くのことが同時に起きている。解釈はいろいろ可能だ。東南アジアや中国の急な発展は、自由市場の勝利なのか、政府の市場介入の勝利なのか――同じ事例が経済学では正反対の理論の証拠とされてしまうことも多い。

みんな、こういう限界は十分に承知していた。そのうえで、それは仕方のないことになっていた。だって、人間も社会もすべて多種多様で、自然科学のように完全に条件を揃えた実験を何度もするわけにはいかないのだもの。

だが、そういう実験ができたらどうだろう。

そのパイオニアともいうべき人々が、今回の3人である。かれらは、医薬品開発などで普通に使われる「ランダム化対照実験」という手法に目をつけた。

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