純烈・小田井「40代で花開いた」堅実なキャリア 「夢は紅白出場、親孝行」の次に目指すもの
芸能界キャリアのスタートはモデルだ。もともと芸能界には興味がなかったという小田井さん。表舞台を選んだキッカケは「友達が欲しかった」という意外なものだった。
「大学卒業後、地元で働きたくて就職先を決めたんですが、ふたを開けてみたら縁もゆかりもない仙台転勤が決まった。同期も友人もいないので寂しくて……思い切って仙台のモデル事務所に所属したんです」
今ではワイルドで男前な印象が強い小田井さんだが、20代の頃は線の細い美形。身長188㎝の抜群のスタイルで、周囲からモデルを薦められることも多かった。
「仕事はブライダルショーや広告モデルがメインで、たまにCMとか。当時は上司が約束してくれた大阪勤務に戻るまでという軽い気持ちで始めました」
本業サラリーマン、副業モデルの二足のわらじ生活が続いた。しかし1995年の阪神・淡路大震災が状況を一変させてしまう。
「被害を受けたスタッフから本社の大阪に戻ることになり、僕は幸いにも実家も家族も無事だったので仙台での勤務を続けることになりました。大変な方がたくさんいる中で、とても呑気に大阪に戻れる状況ではなかった」
そうして見知らぬ土地で歳を重ね、気づけば28歳になっていた。モヤモヤした気持ちを抱えたまま30歳を迎えたくないと小田井さんは会社を退職。順調だったモデル業に専念することを決意する。
俳優としては「遅咲き」だった
東京のモデル事務所に移って気づいたのは、地方と違って苛烈な競争があることだった。
「仙台ではただ真面目に目の前の仕事をこなすだけでポンポン次の仕事が舞い込んできましたが、東京では自分からつかみに行かなければ何もできなかった」
そんな中オーディションで勝ち取ったのが、『仮面ライダー龍騎』の仮面ライダーゾルダ役だ。32歳……俳優としては遅咲きのデビューだった。