純烈・小田井「40代で花開いた」堅実なキャリア 「夢は紅白出場、親孝行」の次に目指すもの
「当時は特撮俳優ブームや2.5次元俳優が注目を集め始めていて、いわゆる若手イケメン枠の人たちが腐るほどいた。僕は年齢的には若手じゃないけど経験としては新人だから、中途半端なままでした」
年齢的にヒロインの相手役は難しいが、主人公の先輩や上司役をこなせるほど演技経験を重ねているわけでもない。自分より一回り若い世代に紛れ、若手イケメン俳優として振る舞うことに焦りがあった。
もう僕には純烈しかなかった
「どんどん歳をとっていくのにマズいなと思っているときに『純烈』の話をいただいて。若かったらほかにやりたいことが見つかって断るか、すぐに辞めていたかもしれない。でも潰しの利く年齢っていうのはとっくに過ぎていて、もう僕には純烈しかなかった」
時代がまわれば音楽もまわる。これからの社会、歌謡曲が再評価されることもあるはずだ。それは、自らの性格を現実的と語る小田井さんらしい冷静な判断だった。とはいえ当時は何も考えていなかったと小田井さんは笑う。
「何かを始めるときは何かを失うときでもあるわけで、考えすぎても先に進めない。用意周到に準備して無難にまとまったり、失敗して落ち込んだりするぐらいなら、何も考えずに踏み出してみようと思いました」
“つまらなかったら辞めよう”。そう思って飛び込んだ歌手活動。歌謡曲を歌うのもダンスを踊るのも初めての経験だ。ボイストレーニングなどデビューに至るまでの練習期間は3年にも及んだ。