「球数制限」議論が必要な高校野球の危うい未来 投手の酷使を絶賛する時代はとうに終わった

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牧野会長は自著『ベースボールの力』で「勝利至上主義の排除」も明言、投手の分業の推進や、精神主義の排除をも訴えていた。

牧野会長の退任後、事態はまったく進展しなくなった。そして1998年横浜高校の松坂大輔、2006年早稲田実業の斎藤佑樹など「腕も折れよ」と投げるエースを絶賛する論調が再び続くのだ。残念なことに、牧野会長の志は忘れ去られたままになっている。

2.「球数制限」問題は「外圧」によって問題化したこと

松坂大輔のときも、斎藤佑樹のときも、新聞やテレビを中心とするメディアはそのスタミナと精神力を手放しで絶賛した。再び高校野球の「投手の酷使」が世間を賑わしたのは2013年春。済美高校(愛媛)の安樂智大が甲子園で772球を投げたことにアメリカのCBSやESPN、Yahoo!スポーツが注目したのがきっかけだ。アメリカの野球とはかけ離れた「投手にとって正気の沙汰と思えない過酷な負担」を大々的に報じた。

この背景にはこの時期、アメリカで「ピッチスマート」の導入が決まったことがある。Yahoo!スポーツの敏腕ライター、ジェフ・パッサンは来日して安樂や済美の上甲正典監督に話を聞いている。こうしたアメリカの“外圧”に刺激されて、日本のメディアも「投球過多」について及び腰ながら報道するようになった。

『球数制限』の執筆のために、筆者はジェフ・パッサンにもコメントを貰った。彼は今、大船渡高校(岩手)の佐々木朗希(ささき・ろうき)の今後について注目していると語った。

小中学生の酷使が問題だ

3. 高校生より小中学生の「健康被害」のほうがより深刻なこと

医師やトレーナー、少年野球の指導者などに話を聞いたが、ここで浮き彫りになったのは、小中学生と高校生では投球による「健康被害」の症状そのものも異なるし、指導者環境も大きく異なるということだ。多くは高校以上に劣悪な環境で、医学の知識も乏しい指導者が投手を酷使している。

ざっくりと言うならば、今の高校球児は小中学生時代に何らかの古傷を負っている。その状態で高校野球に進み、さらに肩ひじを酷使して深刻な障害を負ってしまうのだ。それを考えれば、高校だけでなく、小中学校から指導者の意識改革を実施しなければならない。

高校野球でも今年は部員数が激減して話題になっているが、小中学校では競技人口の減少はさらに深刻だ。このため前述のように全軟連は学童野球に球数制限を導入したし、リトルリーグやポニーリーグなども球数制限を導入している。それでも、この問題は高校以下の野球団体が一致団結して取り組むべき問題だ。最も影響力が大きい高校野球が「球数制限」に最も消極的なのは、深刻な事態なのだ。

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