量的緩和とは何か。実は日本が世界の先達、非伝統的な金融政策

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 物価が下がると金利も下がる。金利が下がり続けてゼロ近辺にまで下がったら、もはや金利を下げる余地がない。そうなってしまったら、もはや金融政策は打つ手なし、マクロの経済政策としては退場となるのか、そうではなくてまだ金融を緩和する手段はあるのか--。こうした問題意識が背景にあった。

デフレ脱却狙う政策 その効果とは?

日本は、実際に非伝統的金融政策を実行したという点では、世界的に先駆者の地位にある。

90年代のバブル崩壊によって、金融機関が膨大な不良債権を抱え、97年、98年には金融危機が発生する。同時に、長期にわたる不況に陥り、消費者物価も98年から毎年下がり続けるデフレに直面した。

この間、日本銀行が直面した課題は、大きく言って二つある。一つは、デフレを防ぎ景気を回復させること。二つ目は金融危機を防ぎ、金融システムの安定性を確保することだ。そこで日銀が採用した政策が、いわゆるゼロ金利政策と、それに続く量的緩和政策である。

99年2月に日銀政策委員会は、歴史上初のゼロ金利政策を採用。00年8月には、いったんゼロ金利政策を解除するが、01年3月には、デフレ懸念の高まりを受け、ついに量的緩和政策に踏み込んだ。

量的緩和政策とは、金融政策の操作目標を「金利」から「量」に切り替えるというもの。その意味では、画期的なものであった。具体的には、操作目標をコールレートから、日銀当座預金(日銀当預)残高に変更した。日銀当預とは、金融機関同士の決済や預金の払い出しのために、日銀に保有している当座預金である。法律によって、金融機関が受け入れた預金に対して、ある一定比率以上の金額を保有することが義務づけられ、準備預金とも呼ばれる。

ゼロ金利政策の場合は、目標とする金利ゼロが達成されれば、それ以上、おカネを市場に供給することはできない。量が目標であれば、ゼロ金利であっても、さらにおカネを供給することが可能になる。

量的緩和政策の導入に当たって、日銀は、コア消費者物価指数(=除く生鮮食品)の前年比が安定的にゼロ%以上となるまで、この政策を継続することも宣言した。日銀が将来についてコミットメント(約束)することで、市場の予想に働きかけ、より期間の長い中期、長期の金利まで下げる効果を狙った【1】の政策だ。小難しく「時間軸効果」とも言われる。おカネをジャブジャブ供給するため、資産担保証券など買い入れる資産の種類も増やした(【2】の政策)。結果、日銀のバランスシートも膨らんだ(【3】の政策)。

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