横須賀の海軍カレーが「認知度1位」になるまで 明治時代のレシピを再現し、今年で20周年

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料理研究家の小菅桂子氏は著書『カレーライスの誕生』の中で、1872年に日本で刊行された2冊の料理本『西洋料理指南』『西洋料理通』のカレーは、いずれも「小麦でとろみをつけるというアイデアが用いられている」と紹介し、「イギリスの料理本の影響が感じられる」と述べている。

このイギリスの料理本とは、1861年にイギリスで刊行された『Mrs Beeton's Book of Household Management』のことだろう。この本の中には「CURRY OF COLD BEEF(冷製ローストビーフのカレー)」と「BEEF OR MUTTON CURRY(牛肉または羊肉のカレー)」というレシピが掲載されており、いずれも小麦粉を使用して、“とろみ”をつける方法が紹介されている。

つまり、海軍が兵食改革に着手する前から“とろみ”のあるカレーは存在していたことになる。おそらく海軍は洋食メニューの考案にあたり、イギリス海軍のレシピを取り入れるとともに、民間の料理本なども参考にしたのではないか。

なお、海軍のカレーに豚肉ではなく牛肉が主に使われた理由に関しては、海軍料理研究家の高森直史氏が、著書『海軍カレー伝説』の中で「イギリス唯一の自慢料理のローストビーフは、1週間分を1度に焼いておき、作り置きが最終段階になると味も落ちるので、カレーに使われた」という、イギリスの食事事情の影響を受けたとする説を紹介しており、興味深い。

いずれにせよ、日本のカレーはイギリスから伝来したというのは、ほぼ間違いがなさそうだ。

どのように知名度を上げていったか

よこすか海軍カレーは『海軍割烹術参考書』のレシピをもとに復元したカレーであるという定義や、現在の海上自衛隊の習慣に従って必ずサラダと牛乳をセットにして提供するなどの要件が決められ、参加事業者の募集が開始された。

しかし、募集当初は島森さんや「魚藍亭(ぎょらんてい)」などを含めた6事業者しか集まらなかったという。そこで、島森さんが知り合いの店に電話して参加を呼びかけるなどし、初年度の1999年は15事業者でスタートした。このように、最初は細々と始まった事業が、全国に名が知られるようになるまでには、どのような軌跡をたどったのだろうか。

当時、カレーの普及員に任命された島森さんは、「カレーの街なのに、よこすか海軍カレーのことを市民が知らない」ということで、市民に対する認知活動からはじめたという。「市役所前の東京電力と東京ガスで料理教室をやらせてもらった。よこすか海軍カレーとはこういうものと口で説明してもなかなか伝わらない。体験してもらうのがいちばんだった」(島森さん)。参加者には『海軍割烹術参考書』の調理法に従い、小麦粉を煎ってルーを作るところからカレー作りを体験してもらったという。

島森さんは大人を対象とした料理教室だけでなく、中学生が職業体験する「キャリア教育」にも出前講義に出かけた。

「なぜ、小麦粉を乾煎りするところからはじめるのか。それはね、湿気の多い日本の気候と関係があるのだよ」というように、料理の枠にとどまらない島森さんの話は面白く、数ある職業体験の中で料理教室には申し込みが殺到したという。こうした地道な活動によって、よこすか海軍カレーの名が、少しずつ市民の間に浸透していった。

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