「悪口」を文豪が語るとこんなにも人間くさい 相手を鋭く刺したり、単に感情的だったり

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また永井荷風のように、40年にわたり日記で嫌いな相手の悪口を書き続けた作家もいる。好き嫌いの激しかった荷風は、とくに菊池寛を嫌って日記『断腸亭日乗』でその気持ちをつづっているのだ。

文豪たちによるそんな数々の悪口を掘り起こしてみせた本書から、太宰治と中原中也の残した悪口に注目してみることにしよう。

川端康成を「刺す」とぶち上げた太宰治

言うまでもなく、芥川賞は日本で最も有名な文学賞。対象は純文学の新人作家であり、安部公房、中上健次、村上龍など、多くの優秀な作家に贈られてきたことで知られている。しかし当然ながら、今日では高く評価されているにもかかわらず、受賞に至らなかった作家も少なくない。その1人として本書の冒頭で紹介されているのが、太宰治だ。

太宰の短編「逆行」は、第1回芥川賞の候補作として選ばれていた。ところが選考委員の1人だった川端康成は、「私見によれば、作者目下の生活に厭な雲ありて、才能の素直に発せざる憾(うら)みあった」として別の作品を推薦したのだった。

ちなみにこれは、太宰がパビナールという鎮痛剤の中毒になっており、薬を手に入れるために借金を重ねていたことを指した発言だったという。

だが太宰としては、借金返済のためにどうしても芥川賞の賞金500円が必要だった。にもかかわらず受賞できず、それどころか私生活まで非難されたと感じたため、川端に対する抗議文を書き上げ、『文藝通信』に投稿。文壇の大家である川端に「刺す」とまで言い放ち、話題になったのだった。

八月の末、文藝春秋を本屋の店頭で読んだところが、あなたの文章があった。「作者目下の生活に厭な雲ありて、云々。」事実、私は憤怒に燃えた。幾夜も寝苦しい思いをした。
小鳥を飼い、舞踏を見るのがそんなに立派な生活なのか。刺す。そうも思った。大悪党だと思った。(中略)
ただ私は残念なのだ。川端康成の、さりげなさそうに装って、装い切れなかった嘘が、残念でならないのだ。こんな筈ではなかった。たしかに、こんな筈ではなかったのだ。あなたは、作家というものは「間抜け」の中で生きているものだということを、もっとはっきり意識してかからなければいけない。(16〜17ページより)

川端は太宰の抗議文に対し、自身の意見を発表。その中で、太宰の文学性を否定しているわけではないことを伝えている。事実、のちに太宰が発表した「女生徒」という作品は高く評価していたそうだ。

いずれにしてもこの後、自信とニヒリズムに満ちた作風が次第に評価されるようになり、太宰は作家としての地位を確立していくことになる。しかし、そのバックグラウンドには、こうした苦い経験があったのだ。

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