「血を抜けば病気が治る」を信じた人たちの惨烈 人は到底効果のない治療法を色々試してきた

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イギリスの詩人バイロン卿は、風邪をこじらせて高熱と全身の痛みに苦しんだ際、瀉血をめぐって主治医と口論になった。以前、別の病気のとき瀉血をしたが効果がなかったことを理由に、断固拒否したのだ。

だが最終的には医師の懇願に折れ、「いつも通りにやってみろよ。おまえたちは虐殺者にしか見えないぞ。好きなだけ瀉血したら、もう終わりにしてくれ」と言い放った。かくして3度の瀉血で1リットル以上の血を抜かれたが、医師の予想に反して症状が悪化。

医師たちは熱で水膨れをつくっては膿を出し、耳のまわりにヒルを置いては血を吸わせた。そして間もなくバイロン卿が息を引き取ると、主治医たちは「もっと早く瀉血すれば、なんとかなったのに」とバイロン卿を非難したのだという。

最悪の治療法は今後も生み出される?

瀉血で悲惨な目に遭った著名人としては、アメリカ初代大統領ジョージ・ワシントンも紹介されている。大統領を辞任してから2年後、雪の降る中馬を走らせた結果、風邪をひいてしまったのだ。重い喉頭蓋炎を起こしたせいか、思うように呼吸ができなかったという。

『世にも危険な医療の世界史』(文藝春秋)。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

そこで主治医は大量に瀉血し、糖蜜、酢、バターを飲ませ(ワシントンは喉を詰まらせて窒息しそうになった)、熱で水膨れをつくって膿を出し、再度瀉血し、下剤と催吐剤を飲ませ、追加で瀉血を行った。

翌日にも瀉血が行われたが、合計で2.5~4リットルほどの血を抜かれたワシントンは、間もなく息を引き取った。たちの悪い風邪をひいただけだというのに、あまりに大きすぎる犠牲を払うことになったのである。

本書については著者自身も、「この本は何でも治ることを売りにした最悪の治療法の歴史を、簡潔にまとめたものだ」と記している。それだけでなく、「『最悪の治療法』は今後も生み出されるだろう」とも。

ちょっと正直になってみよう。大抵の人は健康だけでは満足しない。永遠の若さ、完璧な美しさ、無限の活力、全知全能の神ゼウスのような男らしさなど、ほしいものはいくらでもある。インチキ療法が繁盛するのはそのためだ。ヒ素入りの焼き菓子を食べれば肌がすべすべして血色も良くなると信じたり、効果が定かでない金入りの霊薬を飲めば心臓が治ると信じたり。今でこそ本書に紹介されている治療法に笑っていられるが、あなたもやっかいな問題を手早く解決するために、グーグル先生に助けてもらったことがあるのでは? 手っ取り早い解決策に魅力を感じない人などいない。仮にあなたが一〇〇年前に生きていたら、ストリキニーネ入りの強壮剤を買っていたかもしれない。(「はじめに」より)

そういう意味では、人間の本質的な部分はそうそう変わっていないとも解釈できるのかもしれない。

印南 敦史 作家、書評家

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いんなみ あつし / Atsushi Innami

1962年生まれ。東京都出身。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。「ライフハッカー・ジャパン」「ニューズウィーク日本版」「サライ.jp」「文春オンライン」などで連載を持つほか、「Pen」など紙媒体にも寄稿。『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(PHP文庫)、『いま自分に必要なビジネススキルが1テーマ3冊で身につく本』(日本実業出版社)『「書くのが苦手」な人のための文章術』(PHP研究所)、『先延ばしをなくす朝の習慣』(秀和システム)など著作多数。最新刊は『抗う練習』(フォレスト出版)。

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