観光客とゴミであふれる「カプリ島」がした決断 「青の洞窟」を守るために一歩踏み出した
デ・マルティーノ市長はカプリの状況について、やや冷静に受け止めている。「時計の針を戻すことはできない。でも今以上の観光客の受け入れは不可能で、道路を拡張することもできない」と彼は言う。「すでにわれわれの手に余る状態だ」。
カプリ島の観光客の問題は長い歴史がある。最初の観光客は古代ローマ人で、船で渡ってきた彼らは十数の邸宅を建設し、洞窟に彫像やモザイク装飾を施した。第2代ローマ皇帝ティベリウスはヴィラを構えた。
マーク・トゥエイン「最も美しい青」
島の気候は驚くほど豊かな植物相を育んでいるが、美しいトキワガシの森林や野生ランの自生地には、何世紀もの間にブーゲンビリアやカサマツなどの外来植物が生息するようになった。高さが9メートルほどあるサボテンも珍しくない。
カプリ島は岩が作り出す印象的な景観も多く、海面から突き出ている3つの岩からなるファラリオニ岩礁群は、マリーナから1.5キロほどのところに位置する。大半の住居は海面からの高さが数百メートルの崖からさほど遠くない場所にあり、たいていは見晴らしがよく、半世紀以上開発を逃れ守られてきた。
19世紀に再発見された有名な青の洞窟は、太陽の光が海底に反射することで青い色を放っている。1869年にここを訪れたマーク・トウェインは著書『イノセント・アブロード』で「想像しうる限り最も鮮やかで、最も美しい青」と表現した。
ロシアの作家、マクシム・ゴーリキーはカプリ島を「島の小さなかけらだが、この上なく美しい」と評し、レーニンを島に招いた。「ここに来ればその日のうちにたくさんの美しさを目にし、それに酔いしれ、何もできなくなる」とゴーリキーは書いている。
イギリスの小説家グレアム・グリーンは反対に、カプリ島滞在中に作品の大半を執筆した。カプリ島に1カ月いれば、1年の残りをほかの場所で過ごしているときよりも多く書くことができると彼は言った。