「元SDN48」の彼女が失意の先に見つけた居場所

元アイドルの十字架はすべて人生の糧だった

色気がない自分の顔立ちでは、主戦場のセクシー路線にいくことは難しいことを理解していたからだ。

それならば、どのようにしてグループ内に居場所を作るべきか考えて出た結論が、「真面目キャラ」でいくことだった。

アイドル界を牽引する集団の“姉妹ユニット”ということもあり、当時から同グループはメンバーもスタッフもつねにフル稼働であった。

ミュージックビデオの撮影中、スタジオの隣で衣装部のミシンが同時にかけられ、本番の直前に衣装が完成することも日常茶飯事。ダンスの振り付けがライブ当日に大幅に変更されることもしばしばあった。毎回どのようなハプニングやアクシデントが起きるのか、予想できない。そんな忙(せわ)しない日々のなかで、私たちはメンバー同士で競い合い高め合っていた。

しかし、グループが躍進する一方で、私は「卒業後はどのようなキャリアを歩めばいいのか」という不安につねにかられていた。

それには理由があって、まずライバルが多すぎる。SDN48は当時、1期生と2期生合わせて37名の女性が在籍していた(※のちに活動を辞退する者や、3期生メンバーが加入したことにより、グループ内の人数は不定期に変動を続け、卒業時には39名の女性が在籍していた)。この中で、自分が抜きん出た存在になるのは難しいだろうなと予感した。

人気を追い越される瞬間も多々あった

また、アイドルという職業は、ビジュアルや体型、ステージ上のセンス、華やかさ、どれか1つでも秀でていたら必ず売れる――といった確証など“ない”ことにも気がついていた。正直に言えば、「私のほうがかわいい」と思えるようなメンバーに、人気を追い越される瞬間も多々あった。

「あいつより うまいはずだが なぜ売れぬ」

とは、往年の大女優、故・森光子さんが不遇の時代に作ったとされる一句だが、

「あいつより 可愛いはずだが なぜ売れぬ」

そんな気持ちが私のなかにたまり、病んでしまう瞬間も常々あった。

握手会では私目当てに来てくれるファンが極端に少ないレーンの隣で、ほかのメンバーが大盛況という状況でも、平然としていなければならない。

“恨めしい気持ち”を少しでもおくびに出してしまえば、ファンからは引かれてしまうからだ。

だから私は、「別に焦っていません」と言わんばかりに飄々とした姿を演じて振る舞った。

こうした「やせ我慢」が続くなか、日々どこに向かい努力すべきなのかわからないまま過ごしていた。そしてそれは、ほかのメンバーにも言える話だったのかもしれない。

ある朝、メンバー数人でグラビア撮影のためにスタンバイしていたときのこと。そのうちの1人がポツリと「アタシの人生、これからどうなるんだろうなぁ」とつぶやいた。

誰かに聞かれているとも思わずに、つい口を衝いて出た言葉のようである。

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