日本社会の未来を知りたければ「団地」を見よ

外国人とともに生きることが当たり前に

自戒も込めていえば、メディアはみんな「川口浩探検隊」。探検隊にはスリルと危機が不可欠で、何か違和感をもたらすものが現場になくてはならない。「団地が近づいてきました、この奥に何があるんでしょう、おっと、ゴミが見えてきました!」となればメディアはうれしい。でもつねにこんな視点で団地を切り取って、ごく普通に生活している住民をおとしめたり、特定の結論に結び付けたりするのは間違いです。団地はこういった不幸な烙印を押され続けてきたのです。

移民が尊厳を持って生きるには

──仏パリ郊外の団地にも飛びました。移民の住民が自身も生活が苦しい中、ほかの貧困者に食事を提供しているという心温まるエピソードを紹介しています。

不遇な当事者が逆に誰かを助けるというのは確かに美しい。僕も胸を打たれました。ただ同時に、そこまで努力しなければ移民は社会の一員として認められないのか、と僕は疑問に思います。

安田浩一(やすだ こういち)/1964年生まれ、静岡県出身。週刊誌記者を経てフリーランス。外国人をめぐる問題を一貫して追い、2012年に『ネットと愛国』で講談社ノンフィクション賞、15年に『ルポ外国人「隷属」労働者』で大宅壮一ノンフィクション賞雑誌部門を受賞。(撮影:今井康一)

例えば日本人である僕は、ぐうたら暮らしていても、そんなに社会から非難されません。でも外国人であれば「この人は昼間から何をしているんだろう」と警戒されてしまう。知らない土地に住むには確かに努力が必要。でも社会の成熟度という点では、飛び抜けた努力をしなくても存在が許される社会のほうがいい。その意味ではパリ郊外のように、移民が特別な努力をしなければ尊厳を持って生きられない社会は不幸です。

──自身も団地で育ちました。

僕の中にある団地へのノスタルジーも取材の原動力だったのは事実です。団地は僕にとって聖域でした。野球を覚えたのも、小さな冒険を繰り返したのも団地。隣近所のさまざまな幸せ、不幸せを通して、小さな日本社会を感じ取ったのも団地です。安心して住めたし、未来とか将来といった、ちょっと気恥ずかしい言葉も平気で口にできる場所でした。

それはおそらく、僕だけじゃない。昭和という時代には、団地を終(つい)の住処(すみか)と考えている人は多くなく、1つの通過点としての住まいでした。それゆえに、いろんな希望が団地に渦巻いていたのです。

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