「日比谷音楽祭」に懸ける音楽P・亀田誠治の真髄 平成から令和の時代、フェスはどう変わるか
間もなく平成が終わり、新元号・令和が幕を開ける。
平成という時代は、音楽業界にとっても激動の時代であった。インターネットの普及により音源がデジタル化、音楽の聴き方や在り方も多種多様になった。
1998年をピークにCDの売り上げは年々減少。音楽シーンはCD不況へと突入した。平成はCDが爆発的に売れ、CDが売れなくなった時代でもあったのである。
だが、そんな中でも、音楽業界の第一線でコンスタントにヒット曲を生み出し続けたのが、音楽プロデューサーの亀田誠治だった。激動の時代の最前線で風を感じながら対峙し、新たな時代へ突入する今、新たな風を吹かせようとしている。
「今、音楽業界は、疲れていると感じています。音楽が売れない時代と言われ、制作現場も変化の時を迎えています。容赦ないコストカットと、人材カット。けれど、アーティストの絶対量は減らない。
作らなければならない総量は変わっていない。こののままでは作品のクオリティが担保できなくなり、若いアーティストはもっと苛酷な状況に追い込まれていきます。
だから、僕が先陣を切っていろいろな形で仕組みを作って、次世代につなげていきたい」
亀田誠治は、音楽には人の心を癒やし、世代やジャンル・言葉・環境のボーダーを超え、希望をつなぐことができる力があると信じている。
ニューヨークで育まれていた音楽の文化
数年前の夏、ニューヨークへ行った際、出会った光景に多くの衝撃を受けたそうだ。
「ニューヨークが好きで通っているのですが、セントラルパークで毎年夏いっぱいフリーコンサートが開かれるんです。新人ミュージシャンから、マライア・キャリーやエルヴィス・コステロまで来たりして、ほぼ毎晩行われています。
それを見るためにニューヨーク中から人が集まっていて、老夫婦が犬を連れて朝から整理券をとりに来たり、ジョギング中のカップルが来ていたり、あとはピクニック気分で家族が並んでいたり。この光景が本当に衝撃的で、音楽のために1日を使って人生すらも楽しんでいるなって。こんな音楽の溶け込み方が日本にはないんじゃないかな、これこそ文化だと思ったんです」
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