イチローの「28年間」が変えた日本人の野球観

すべての野球ファンの中心にいたスター選手

一方で王貞治、張本勲、門田博光、福本豊、川上哲治、榎本喜八など日本を代表する強打者は、左投げ左打ちであり「そのままでもいい」という考えもあった。

少年野球の指導者は「イチローが出てきた頃から、自分から右投げ左打ちにする子どもが増えた」と話す。筆者もイチローが登場した頃、多くの子どもがイチローのフォームを真似て草野球をするのをよく見かけたが、イチローにあこがれる野球少年が右投げ左打ちに転向した例はかなり多いのではないか。NPBでの「右投げ左打ち」選手の増加はそれを裏付けている。

また、かつて日本野球の野手の花形ポジションは長嶋茂雄、衣笠祥雄、掛布雅之などが出た三塁手だったが、最近は外野手に強打者が増えている。

プロ野球選手が初めて参加した2000年のシドニー五輪の日本野球代表の中軸は、捕手の阿部慎之助(当時中央大、のち巨人)、一塁の松中信彦(ダイエーホークス)、三塁の中村紀洋(近鉄バファローズ)だった。外野は赤星憲広(JA東日本、のち阪神)、田口壮(関西学院大、のちオリックス)などだったが、2020年の東京五輪の侍ジャパンでは、筒香嘉智(横浜DeNAベイスターズ)、柳田悠岐(福岡ソフトバンクホークス)、秋山翔吾(西武)、吉田正尚(オリックス)、鈴木誠也(広島カープ)と外野手が中軸を担うと考えられている。この5人のうち、鈴木を除く4人は右投げ左打ちだ。

イチローの後に同じ右投げ左打ちの松井秀喜が登場し、MLBに行ったことも大きいが、イチローの登場によって「右投げ左打ちの外野手」にあこがれる野球少年が増え、日本野球のスタイルも変わったのだ。

野球界のルール、価値観を揺さぶった

イチローの大活躍は、日米野球界のルールや価値観にも影響を及ぼしている。

1993年まで、NPBでは「最多安打」は、打撃タイトルではなかった。このためNPB史上最多の10回も最多安打を記録した長嶋茂雄は、一度も表彰されていない。しかし1994年、イチローが超ハイペースで安打を量産し、前人未到の200安打を達成すると、NPBはこの年から「最多安打」を個人タイトルとし、連盟表彰をすると発表した。イチローの活躍はNPBのルールを変えたのだ。

MLBに移籍してからも安打を量産したイチローは、日米通算でも2000本、3000本と数字を積み上げ、ついにMLB最多安打のピート・ローズに迫った。

次ページ当初、MLBでは「日米通算」に懐疑的だった
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