東大出た「桜蔭の問題児」の壮絶だった44年 東大女子が抱える母親との葛藤

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電話やメールでメッセージを入れた。「早く死んでくれ」それが30代半ばまで続いた。そんな母親ががんにかかった。私が死んでくれと願わなくても、死ぬかもしれない。そう思い、やっとメッセージを入れなくなった。

「子育てをしていくうちに自分の育ち方には欠陥があることに気づき、私みたいに育ってしまったら子どもたちにとって、いいとは思えなかった。子育て中に、何度か子どもに手をあげてしまったことはありましたが、なんとか、自分でコントロールしました。

ロールモデルになる優しい母親は見たことがなかったけれど、優しい母親になろう。追い詰めて怒りまくることはしないでおこう、幼少期の子どもの気持ちの安定だけを考えました。今でも親は子どもの領域に入ってはいけないということを、わきまえています」

40歳を過ぎてようやく親と定期的に会えるように

田中はアダルトチルドレンであり、アダルトサバイバーだ。親に気を遣って、親の面倒を見て、親を許すことはできなかったが、40歳を過ぎて、やっと定期的に会えるようになった。

5人の子どもを連れて離婚したのは2012年。夫婦関係はすでに破綻していた。そのまま実家に戻ることはしたくなかった。が、その後6番目の子の父親となる、元会社の上司の男性と再婚することに。ただし、入籍はしない事実婚。その関係で福岡に移り住んだ。

しかし生活は楽ではなかった。1人の収入で、6人の子どもを食べさせていかなければいけない。仕事は、時給800円の弁当屋のパート。子どものことを考えたら短時間しか働けない。マンションと光熱費だけでも毎月13万円が出ていった。

6番目の子どもの2歳半検診のとき、育児ノイローゼやうつになる兆候が見られたことで、保健師が生活保護課につなげてくれた。「私は、そんなにかわいそうな人なのかと思いました。生活保護の水際作戦もあり、受給できないと思っていたのですが、6人の子どもがいることで、申請が通りました」。

早朝から、運輸会社で時給900円のパートをする。体調のよいときだけパートに出るが、早朝とあって常に募集をかけている状態で、働きたいときに働ける。生活保護課で就職指導は受けていて、語学を生かした職や塾の講師を提示してくる。しかし自分の体調と子育てを優先しているので、いますぐフルタイムでは働けない。

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