東大出た「桜蔭の問題児」の壮絶だった44年 東大女子が抱える母親との葛藤

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運輸会社でのパートは気が楽だという。中卒でも高卒でも関係ないコミュニティーに入ってしまうと、東大なんて関係ない。もちろん隠す必要もない。むしろ重宝がられることもある。

例えば、難しい名前の人がいて、この人の伝票を入力しなければいけないとき、

「田中さん、これなんて読むの?」

「これは、こう入れて変換してください」

「田中さんがいて、助かったよ。すごいじゃん、さすが東大」

「東大出たのにすみません、えへへ」

弁当屋のパートでおつり間違えると、「すみません、算数できなくて」。そう自虐的に言う習慣も身に付けた。競争じゃないところに身を置くと、精神的に気が休まる。自己肯定感も失わずに済む。楽な仕事はないが、今の生活はそれなりに良かったと思えるという。

「メディアで取り上げられるたびに、今さら東大がテーマですか、とも思います。学歴や肩書は、裸の自分に自信がない人の鎧で、そういう鎧で対応していくのでしょうが、それはちょっと残念。もっと裸の自分を掘り下げなければいけない。

競争では強い相手がどんどん出てきます。勝つのはほんの瞬間的なもの。そんなことで右往左往していても始まりません。東大出たって、普通のおばさん。25年前に配られたテスト用紙に、たくさん正しい答えを書けただけ。今は関係ありません」

東大の同級生たちが活躍していくのを見ると、後悔は感じないのだろうか。

「私には睡眠不足に勝って仕事をしていく体力がありません。自分を保ちながら何ができるか。弁護士になることだっていい。やりたければやればいいのです。私はそれなりでいい。東大出たのにすみません、バカなことやって、えへへ。その、えへへを身に付けると、みんなと違う自分になれると思います」

高学歴の田中の母親は、自分と同じようにアカデミックに育ってほしいと、価値観を押し付けた。田中のほかにも、母娘の関係を訴える女性は多かった。行きたくても何らかの事情で大学に行けなかった母は、娘を東大へと願った。高学歴な母の中には、熱心な教育ママとして娘に勉強を強いた人もいた。母子密着や共依存の関係になり、やがて娘を追い詰めていった。

女性が小さい頃から勉強して、高学歴を目指すのは、確固たる自分を持つためにも、自己肯定感を育てる意味でもとても大切なことだと思っている。しかし、それが娘に対して押し付けであった場合はどうだろうか。40代まで、心の傷を引きずるようであっては、誰も幸せになれない。

樋田 敦子 ルポライター

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ひだあつこ / Atsuko Hida

1958年東京生まれ。明治大学法学部卒業後、新聞記者に。日航機墜落事故、阪神淡路大震災など主に事件事故報道の現場に立った。10年の記者生活を経てフリーランスに。『アエラ』『婦人公論』『女性セブン』など多くの雑誌やネットメディアで女性や子どもたちの問題をテーマに取材執筆を行うほか、テレビやラジオの番組構成も担当。書籍に『女性と子どもの貧困』などがある。

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