――男性はどのようにしてプレッシャーやストレスを解消しているのでしょうか。
小島:喫煙したり赤提灯に寄ったり、キャバクラに行ったりギャンブルをやったりする人もいるでしょうね。繰り返しますが、DVは仕方がない、という話ではありません。ただ、そういう逃げ場のないところに男たちが追いやられていたことに、私自身あまり気づいていませんでした。
「男を甘やかすな」「男は生まれたときから下駄を履いているんだ」と言う人もいるかもしれませんが、何も自分で選んで履いたわけではなく、気づいたら履いていたのに「お前、下駄を履きやがって」といきなり殴られるのは理不尽じゃないかと。今後、男の人が気楽に弱音を吐ける環境を作っていかないといけないと思います。これは、男も女も同じです。
――20代・30代前半の男性はデートが割り勘だったり、わりと従来の「男らしさ」にとらわれず、柔軟な対応ができていたりする気がします。でも、やはりロスジェネ世代は生きづらさが残っていそうです。
小島:私とほぼ同世代、ロスジェネ世代がいちばんキツいのではないでしょうか。それよりもっと下の世代、今の20代から30代前半くらいの人は、ジェンダーについての知識があるのはいいのですが、逆の意味で「男の呪縛」にかかっている男性もいます。自分の一挙手一投足がすべてマッチョなのではないかと、マッチョ恐怖症のようになっている人もいて。合意の上の性行為であっても、もしかしたら男である自分は女性にひどいことをしていることになるのではないかと、考えすぎている人もいました。
弱音を吐くことは技術
――中高年男性も弱音を吐ければいいと思いますが、きっとプライドもありますし、なかなか難しそうですよね。
小島:プライドもあるかもしれないし、弱音を吐くことは技術だと思っています。私も弱音を吐くのは苦手でした。弱音を吐くのには、吐いてもいいという「赦し」が必要です。私の場合、赦しを与えてくれたのはカウンセラーさんでした。カウンセラーさんが「あなたは苦しんでいい」と言ってくれた瞬間に、何か憑き物が落ちた感覚に陥りました。「やった。苦しんでいいの?」みたいな。
でも、苦しい自分をどう伝えればいいのかわからないのが次の関門です。これは医師であり当事者研究をされている熊谷晋一郎さんが仰ったことが印象に残っているのですが、「他者の語りを聞く」ということが大切なのだと思います。誰かが一人称で苦しみについて語るのを聞いているうちに「自分だって自分の物語を語っていいのではないか」と思えてくるという経験は私にもあるので。特に男性は、男性の話がやっぱり染みますよね。
男性が「この人の言うことなら聞こう」と思えるような著名人が一人称語りを始めたときに、「俺の物語も話してもいいのかな」と救われる男性が現れる気がします。
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