経済学を学ぶ人が絶対に知っておくべきこと 無意識にあなたの価値観を支配する怖さ
現代の福祉国家は、戦後生まれたものです。
現代の福祉国家における社会保障の機能とは、かつての救貧院や施療院のような「救貧」を目的としているものではありません(生活保護は日本の社会保障給付の3%を占めるにすぎません)。その機能の中心は、社会の中間層の貧困化を未然に防ぐ「防貧機能」にあります。
「分厚い中間層」こそ、安定的な消費=需要を生み出すコア層であり、社会=民主主義社会の中核を担い、政治の安定を支える層でもあります。民主主義と社会保障の親和性は、まさにここにあります。
ピケティが『21世紀の資本』の中で述べているように、資本主義経済の下では、長期的に「r>g」が成立しています。資本収益率(r)は経済成長率(g)を上回る、付加価値は資本の側により分配されていくということであり、より富めるものにより多くの付加価値が分配されていきます。つまり、付加価値の分配を市場機能のみに委ねれば、ゆっくりと、しかし確実に格差は拡大していく、ということです。
格差の拡大は、いずれ消費=需要の鈍化を招き、成長の足かせとなります。このことは2014年12月のOECD(経済協力開発機構)のレポート(“Trends in Income Inequality and Its Impact on Economic Growth" 邦題「格差と成長」)の中でも明確に指摘されています。
社会保障の機能を分配(再分配)という視点から見れば、社会保障は個人や家計のライフサイクルにおける「就労期=若年期から引退期=高齢期へ」「自立期=平時から要支援期=非常時へ」の所得移転でもあります。
つまりはライフサイクルを通じた家計消費の平準化、「自立した中間層による中長期的に安定的な消費=需要の創出」ということを通じて経済の下支えをしている、ということでもあるわけです。日本の地方の経済(消費)を支えているのは、地域によっては県民所得の15%を超えている公的年金給付です。
社会保障が有効需要をつくる
実はこんなことは、社会保障の世界ではほぼ「常識」に属する話なのですが、分配や需要の側面にあまり重きを置かない右側の経済学が支配する現代の経済学(経済学者)にはなかなか理解してもらえません。
付加価値の分配に関しては、市場は必ずしも最適解をもたらしてくれるわけではありません。それは、「社会厚生=社会政策」的な観点で、必要な人に必要なものが行き渡らない、というだけではなく、「消費性向の最大化=有効需要の創出」という観点からも必ずしも最適解をもたらすわけではない、ということです。
戦後(1950~1960年代)の世界経済の成長は、税制や社会保障政策を通じた所得再分配による中低所得者層の底上げ(需要拡大)によってもたらされました。日本の高度成長はその典型例です。この時代は「社会保障と経済成長の幸せな結婚の時代」(アマルティア・セン)と呼ばれているのです。
今私たちは、失われた20年(もう30年かもしれません)と呼ばれる経済の長期停滞に苦しんでいます。
成熟した資本主義社会は、「過少需要」に陥って成長が鈍化します。消費の飽和が経済規模の天井になることを示した「青木―吉川モデル」にもあるように、「飽和した成熟産業」ばかりを抱えている経済は成長が鈍化してしまいます。
日本のような社会で、健康・医療や介護、保育といった社会サービスが成長産業になる、というのは、まさにそれが(社会全体の需要が飽和する中で)人々が必要とし、求め続ける「確実で実体的な需要」「今後も増大していく需要」だからであり、かつ、社会保障制度がその需要を「有効需要」にする――社会的なサービス基盤整備・費用保障を行うことで「必要な人が手に入れることのできる(つまり「買える」)」サービスにする――からです。
その意味では、社会保障制度そのものが立派な「成長戦略」なのであり、社会保障が成長を支える、というのは、そういうコンテクストからも論じることができるのです。
社会保障は所得再分配を通じて、消費が飽和していない人々や領域に所得を再分配する機能を持ちます。そして、現物給付である社会保障サービスそれ自体が実体的需要に応えて新たなサービス消費を生みます。
社会保障は、まさに市場の問題と成長の問題、さらには民生の安定=国民生活の問題をも同時に解決する「人類の知恵」ともいうべきものなのです。
この本は、そのことを、明快に、そして論理的に、経済学の系譜・発展の歴史に照らし合わせながら丁寧に論じています。
※ 本稿は外務省とも在アゼルバイジャン日本国大使館ともいっさい関係がありません。すべて筆者個人の意見を筆者個人の責任で書いているものです。内容についてのご意見・照会等はすべて編集部経由で筆者個人にお寄せください。
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