大久保:日本の将来を考えた場合、AIの進化によって一部の雇用が奪われたとしても、そのことが本質的に大きな問題だとは思ってはいません。どちらかというと、私がイメージする負のシナリオは、日本がAI活用において他の国に後れを取り、そのことで日本の産業が国際的な競争力を維持できなくなることが怖いと思います。その結果、日本経済全体が低迷し、雇用機会が減っていってしまう、これが最悪のシナリオです。企業が雇用の維持を重視するあまりAIの活用に及び腰になって、中国などに先を越されるというシナリオは十分にありうる話です。
ミドルやシニアのホワイトカラーの失業率が高くなる?
もう1つ、私が懸念しているのは、AIが人間を代替することではなく、AIも含めたテクノロジーが進化した新しいビジネス環境やサービス環境に対して、うまく適応できないことで生じる失業です。
先にインターネットの話をしましたが、インターネットが登場したとき、「デジタル・デバイド」という言葉ができました。新しい技術が出てくると、一定の時間が経てば、その技術はユーザーにとって使いやすいように進化してくれるのですが、そこまで到達するにはどうしても10~20年の時間を要します。ですから、本当の意味で新しい技術に対応できる世代というのは、2つくらい世代を飛ばなければなりません。
そうすると、どうしても変化の隙間に入ってしまう世代が生まれてしまいます。若者は変化に適応しやすいので、AIの進化・活用で生じる雇用問題は、若年層ではなく、ミドルやシニアの問題になるでしょう。これからさらに人手不足社会に入りますので、「量的」には余剰ではありませんが、「質的」なミスマッチが生じてしまうことで、結果的に失業率が高くなる、それもホワイトカラーの失業率が高くなる可能性があります。
中原:ミドルの問題というと、就職氷河期にまともに就職するのが難しかった30代半ば~40代後半の人々の問題と重なりますね。当時やむなく非正規社員になった人々は、職場内訓練によるスキルアップの機会を与えられなかったので、正規社員として再就職する機会が極めて限られています。いろいろな統計調査でとりわけ40代の賃金が伸びないという結果が出るのは、バブルの崩壊で就職が厳しかっただけでなく、大久保さんのいうように技術の変化に対応できていないという理由があるのかもしれませんね。
賃金が伸びないという話に関連しますと、ITが世界にくまなく普及することで、近年クラウドワーカーと呼ばれる人々が物凄い勢いで増えてきていています。あるマスコミの友人の経験談が端的に示しているのですが、彼がクラウドソーシングのサイトで翻訳の仕事を請け負う人を募集したら、驚くほど安い報酬でプロの翻訳家と遜色ない人を見つけることができたといいます。クラウドワーカーのなかには、以前は専門性の高い企業で働いていたものの、今では地方で主婦をしている女性が意外にも多いからです。そういう女性は低い報酬でも仕事を積極的に請け負ってくれるといいます。