何も翻訳の仕事に限らず、いろいろな業界で同様のことが起こっているはずであり、全般的に仕事の報酬は確実に下がっていくだろうと思っています。これから副業解禁なども相まってクラウドワーカーが増えれば増えるほど、企業は安い単価で質を落とさずに仕事を発注ができるようになります。全般的に仕事の価格が下がっていくなかで、人々の平均所得も否応なく下がっていかざるをえないでしょう。
それと並行するように、少子高齢化によって働く人々が減っていくなかで年金生活者が増えていくと、所得は下方硬直性を強めていきます。とりわけ今後は東京で高齢化がもっとも進むことがわかっていますが、飛び抜けて1人あたりの所得が高い東京が高齢化していくことによって、日本は今まで以上に所得や消費が伸びない社会になってくるのが避けられないでしょう。ギグエコノミーと高齢化の二重の意味合いで、所得の方向性を楽観的に見通すことは難しそうです。
大久保:これはAIに限らず、技術革新や大きなパラダイム変化が起こるときというのは、少数の変化の波に乗って所得を得る人と、大多数の波に乗れずに所得が下がる人とに分かれます。これは産業革命以降、いやそれ以前から繰り返してきた歴史だと思います。
ですから、仮に、AIが急速に普及していけば、割合は少ないですが、所得を増やす人が出てくる。一方で多くの人たちが所得を減らす側になって全体の平均値は下がるというのが、われわれの基本的な認識です。リクルートワークス研究所では、そのことを踏まえて、どのように雇用制度や社会の仕組みを変えればよいのかという議論をしていますが、放置すれば所得は下がるし、格差は広がると考えるのが自然の流れだと考えています。
日本にとって「悪魔のシナリオ」が実現する危険性
中原:2000年以降にアメリカを見ていると、実質GDP(国内総生産)は1.4倍にも膨らんでいるのに、実質所得(中央値)は2000年当時より低い。これは、住宅バブルの崩壊やITの普及によって、アメリカ国民の間の格差が史上最悪の水準に広がっているのと表裏一体の関係です。世界でナンバーワンの経済大国で、国民の6人に1人が貧困層、3人に1人が貧困層または貧困層予備軍なんて、明らかに政治に瑕疵があると思います。
だから、既存の政治家は信用できないということになって、ポピュリズムの権化ともいうべきドナルド・トランプ大統領が誕生したわけです。日本の政治もアメリカの失敗を教訓として制度をつくりかえていかないと、15年後あるいは20年後には、日本もアメリカと同じようになっているのではないかと案じています。日本の経済通といわれる政治家には、アメリカのGDPだけを見て「アメリカを見習え」といっている人が多いので、あまり期待できないのかもしれませんが(苦笑)。
大久保:そうですね、大きな変化が起ったときは、働き方、技術、ビジネスモデルなど変化に適応しきれないところが出てきます。しかし、もう1つ、税制やセーフティネットといった社会の仕組み=制度が後手を踏むこともダメージを大きくする要素になってしまいます。わが国の財務省も2017年に所得税改正を行い、働き方に対応したフラットな税制に変えていくという方向性を示しました。
制度的なものが適切に変わっていけば、当然プラスに作用すると思いますが、AIの進化、技術の発達は、当初の予測を超えて進んでいます。そのような状況にあって、先ほど申したように、変化への対応が遅れ、取り残された世代が生まれ、そして、その世代に縛られた日本企業、日本経済が競争に敗れたとき、本当の意味での「悪魔のシナリオ」が実現してしまうのではないか、このことを心配しています。
後編に続く。後編は12月29日配信の予定です。
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