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「松坂世代」37歳實松の何ともしぶとい戦い方 3人の子供と歩む「親子の絆」とその後の物語

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そして實松は、望んでいた現実を引き寄せることになった。

「古巣ファイターズから電話があったときはビックリしたというか、やっぱりうれしかったです。野球ができるというのもありましたし、これで家族も安心できるだろうなって。家族もしんどかったと思うので」

日本ハムからファーム育成コーチ兼任での現役続行の打診を受けたのは、子供たちが外出していた昼間だった。その夜、晩ご飯を食べながらうれしい報告をすることになった。その瞬間、愛すべき3人の子供たちの顔からは一様に笑みがこぼれ、プロ野球を生業とする家族の止まっていた時計の針が、再び動き始めた。そのとき、海翔君の目から大粒の涙があふれ出した。

「僕もビックリしました。長男もホッとしたんでしょうけど、こんなにも心配してくれていたんだなと思うと、こっちもグッときました。でも、あそこで僕が泣いてはいけない。なんとか堪えましたけど、うれしかったですね」

冒頭の海翔君とのキャッチボールは、その数日後のこと。實松は強い決意を胸に20年目のシーズンの第一歩を踏み出すことになった。春のキャンプまでの自主トレーニングは、同じく巨人から戦力外を言い渡された同級生の村田修一と一緒に汗を流した。

そして實松は、2月1日のキャンプインを新鮮な気持ちで迎えていた。

「例年以上に昂ぶりがありましたし、ひょっとしたら選手としてユニフォームを着るのが最後になるかもしれない。それだけに、野球ができる喜びも改めてかみ締めました。兼任コーチという役職はついていますが、選手としてもやってくれという球団からのオファーは本当にありがたかったですし、選手としてもコーチとしてもチームに貢献したい、結果で応えたいと思いました」

兼任コーチの負担ものしかかった

ただ今シーズン、選手としては1軍出場1試合のみに終わった。兼任コーチとしての負担があったことは間違いない。本人はそれを言い訳にすることはしないが、特に選手とコーチの狭間の立ち位置は難しい。

選手とコーチとしての立ち位置の難しさがあった實松。『プロ野球戦力外通告~クビを宣告された男達』(TBS系)は12月30日(日)夜11時から放送です(写真:TBSテレビ提供)

杉内も引退会見で“潮時”と悟った理由を「若い選手と過ごす時間が増え、心から後輩を応援するようになった。勝負師として違うかなと感じた」と語っている。

「杉内の気持ちはすごくわかります。でも、ほかのコーチの方々は僕が選手として支障がないような環境を整えてくれました。それに選手として雇ってもらっている以上、言い訳はできない。成績を出さなくてはいけないのは当然ですよね」と實松は選手としての今シーズンを強く反省する。一方で、兼任コーチをしたことで、選手としての新たな気づきがあったという。

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【實松が感じた新たな気づき】

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