百合子さんは、それでもまだ隆一を信じたい気持ちもあった。同居を迫る隆一の両親を何とか説き伏せ、村の近くにアパートを借りて、仕事を探し、まずは一人で生活することになった。
「意外かと思われるかもしれませんが、村人は外部から来た人に決して、ウェルカムじゃないんです。向こうで仕事を探そうと思っても、地元の企業には東京の人だと就職できない。『この村の者じゃないよね』『村のどの学校出たの?』と聞かれる。東京から来たというと、それだけでアウトなんですよ」
結局、百合子さんが就職できたのは、東京に本社のある食品の工場だった。
女のバツイチは村の恥
村にとって、離婚歴のある女性はそれだけで恥という存在だった。隆一は、百合子がバツイチであることを「村に知られたら大変だ」とおびえていた。隆一に聞くと、「百合子がバツイチであることは母親のみが知っていて、父親や村の住民たちには金輪際、隠し通すつもりだ」と言う。隠していてもいつかバレるから、せめて彼のお父さんには早く言ったほうがいいと百合子さんは隆一に伝えたが、聞く耳を持たなかった。
百合子さんは、前の夫との間に子どもがいなかったこともあり、土日には2人で海や山などのレジャーを楽しむのが、日課だった。
しかし、せっかくの土日にどこかに外出したいと百合子さんが隆一にせがんでも、首を縦に振らなかった。土日は早朝から夜遅くまで、地元の消防訓練がある。それが、村の男のしきたりだと言うのだ。
「『土日に遊びにいかないの?』って聞いたら、『いや、土日は消防が当たり前だろ。女はそこにご飯とか総菜を作って持ってくると決まっているんだ』って言うんです。聞くと土日祝日は村の男衆が集まって、公民館で消防の朝練を朝5時からして、その後は夕方まで飲み食いしているんです。彼のお母さんも村の女性たちも、みんなそのしきたりがあるから休日でも遊びに行くこともない。『消防って、それ楽しいの?』と彼に聞いたら『いや、楽しいとかそういうものじゃなく、それが村のしきたりだ』としか言わないんですよ。とにかくあぜんとしましたね」
百合子さんも、毎週土日は食べ物や飲み物の差し入れを強いられ、その時間が苦痛で仕方なかった。なんでこんなところに来てしまったんだろうと思うと、泣きたくなった。
「今思うと、彼も嫁要員を見つけるのに必死だったんでしょうね。村で30代というと、子どもが3人くらいいるのがデフォルトなんですよ。異常に地域の連帯感が強いから、消防の応援とか、地域の行事に家族ぐるみで行かなきゃいけない。むしろそれがステータスなんです。そこで30代独身の男性がいると、めちゃくちゃ肩身が狭い。『あいつは、何か性格に問題がある』と陰口をささやかれる。
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