「探検家」の真実を一体どれだけ知ってますか

蘊蓄100章でたどる未知の開拓者たち

61. 1879年9月2日に横浜港に入港すると、そのニュースは世界中に報道され、明治天皇にも謁見した

62. 1909年にはアメリカの探検家ロバート・ピアリーが西洋人として初めて北極海上の氷上にある北極点に到達

63. しかしこの探検から帰還後、彼は元仲間のフレデリック・クックに「先に到達したのは自分だ」と訴えられる

64. 調査委員会が設けられ、ピアリーが証人を買収したことも明らかになったがクックの主張は退けられた

65. クックは北極点の数百㎞手前までしか達していなかったが、ピアリーが達した場所も約6㎞手前だった

66. のちの調査ではピアリーが到達した場所は北緯89度57分だったが、旅程が不自然に順調で疑問も残っている

多くの探検家が夢見た南極探検

67. 古くから西欧州の国々では〈南方大陸〉の伝承が伝えられ、多くの探検家が南極探検を夢見てきた

68. 伝承のきっかけとなったのは、古代ローマの学者プトレマイオスが紀元150年頃に描いた地図である

69. 地図には世界最南端の場所に未知の南の大陸が記され、当時から思索的には存在の可能性が指摘されていた

70. 大航海時代にはマゼランが、そしてジュエームズ・クックも目指したが南極大陸の発見には至らなかった

71. その後、欧州各国で革命や戦争、騒乱などが起こり、南方大陸の探検ブームも下火になっていく

多くの探検家が憧れた南極大陸(写真:Ray Hems/iStock)

72. 1820年になってついに南極大陸が発見されるが、発見者については諸説あり、三人の候補が挙がっている

73. 一人目はロシア海軍のベリングスハウゼン、二人目はイギリス海軍のエドワード・ブランスフィールド

74. そして三人目はアメリカ人のアザラシ漁師ナサニエル・パーマーである

75. この三人の誰かと推測されるが、彼らの発見時期は数日程度しか離れておらず、いまも確定していない

76. それをきっかけに南極探検ブームが起こるが、また下火になり、再び盛り上がりを見せるのは1897年のこと

77. 世界に先駆け、ベルギーの地理学会が遠征隊を送ったことをきっかけに〈南極探検の英雄時代〉が幕を開ける

78. ベルギー隊の隊長はアドリエン・ド・ジェルラシが務め、ベルギカという船を率いて南緯71度30分まで到達

79. 彼らは初めて南極圏のなかで越冬遠征し、南極の一年を観察記録に残すという偉業を達成した

80. 翌1898年にはカルステン・ボルググレヴィンクが率いるイギリス南極遠征隊が南極大陸上での越冬に成功

次ページ南極大陸へ続々と遠征隊を派遣
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