「探検家」の真実を一体どれだけ知ってますか 蘊蓄100章でたどる未知の開拓者たち

✎ 1〜 ✎ 96 ✎ 97 ✎ 98 ✎ 最新
著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

21. 海に乗り出した欧州諸国にとって最大の目的は、当時アラビア商人が独占していたインドとの交易であった

アメリカ新大陸を発見したクリストファー・コロンブス(写真:Everett Collection/アフロ)

22. 1492年にクリストファー・コロンブスがアメリカ新大陸に到達したのも、本来はインドを目指したものだった

23. インドとの交易は1498年に喜望峰経由で辿りついたポルトガル航海士ヴァスコ・ダ・ガマにより達成される

24. 1522年、大航海時代を代表するフェルディナンド・マゼランはスペインの艦船隊を率いて世界一周に成功

25. しかしマゼラン自身は、その前年の1521年に航海途上のフィリピンで現地人によって殺されている

26. 1519年に265人で出発したマゼラン隊だったが、無事にスペインに帰還できたのはわずか18人だった

大航海時代を経て世界の姿が明らかに

27. 大航海時代を経て、インド、ブラジル、アメリカ大陸、北米、南米と次第に世界の姿が明らかになりつつあった

28. 近世~近代になると、探検家たちはアメリカやアフリカ内部、北極、南極の調査探検に向かうようになる

29. オランダの航海士ウィレム・バレンツは海を探検し、新たな航路を見出した初期の欧州探検家の一人

30. 彼は東アジアに至る北東航路探検に三度も挑み、ついに1596年北極圏にあるスヴェールバル諸島を発見する

31. その後、船を東に向けるが北極海のノヴァヤゼムリャ北東岸で氷に閉ざされ、翌97年6月にボートで脱出

32. しかし、その後バレンツ自身はノヴァヤゼムリャ付近で命を落としてしまう

33. この旅でバレンツ隊が越冬した家が1871年になって発見され、遺された品々は現在ハーグで保管されている

34. イングランドの航海士だったヘンリー・ハドソンは北アメリカ東海岸やカナダ北東部を探検した

35. 16歳のころに船員となったハドソンは1609年、オランダ東インド会社に雇われ大西洋横断航海に出発

36. 彼に与えられた任務は、アメリカ大陸の北を回ってアジアへ向かう〈北西航路〉の発見だった

37. しかし氷に阻まれて断念し、北米中央部から太平洋に出るルートを探すが、その途中でハドソン川を探検

38. そこで彼はモヒカン族など多くの先住民と交易を行い、それをきっかけにオランダは毛皮貿易を開始する

39. 次第にこの地域への権利も主張するようになり、アメリカ大陸に〈ニューネーデルランド〉が誕生した

40. 1625年にはハドソン川河口にあるマンハッタン島に首都ニューアムステルダム(のちのNY)が建設される

次ページアメリカの北を迂回する北西航路を発見
関連記事
トピックボードAD
ライフの人気記事