小西は大きな文字で打ち出されたニュース原稿を声にして確認し、ザッザッと赤や緑のマーカーで手を入れていく。目の前で切られ、のり付けされ、反物のように長く伸びて行く修正原稿を確認する真剣な横顔は、テレビで見慣れたとおりのシャープさ。放送用にメイクアップし、今日もこれからカメラの前に立つ直前の彼女の横顔は思ったとおりにくっきりと美しく、だが大きな動作で原稿にマルやバツを書き入れていくその背中は思ったよりずっと華奢なことに、微かな驚きがある。
視聴者へ日々ニュースを届ける人気実力派キャスターはちらりと時計を見上げ、「はい、じゃあやろう」と席を立った。
「◯◯さん、お子さん、熱が下がったばかりでしょ。私のコーナー見終えたら、遠慮なく退社してね」。実は『news every.』はデスクやディレクターにワーキングマザーが多く登用され、民放ニュース番組の中でも高い人気と視聴率を誇る同番組を支えている。1秒を争うニュースの現場で、時折笑いも交えながら番組制作に知力体力を注ぎ込む女性たちのデスクの足元には、脱いだハイヒールとカジュアルなキャンバス地のリュックがいくつも転がっていた。
筆者のほうに向き直った小西は「ついてきてください!」と言い、放送用衣装のハイヒール姿にもかかわらずスタジオへ向かって走り出した。手にした書類トレーには、ペンや進行表と一緒に紙コップ2杯のお湯とトローチ。「しゃべる仕事でしょ、放送中にのどがいがらっぽくなると困りますから、いつもこれ持っていくんです」。そして軽く息を弾ませ、照明がまばゆくセットを照らすスタジオへ歩み入りながら、こう続けた。「私ね、1日でこの時間がいちばん元気なんですよ。キャストはみんなそう、放送時間にピークを持ってくるんです」。
放送直前まで、キャスター席で辞書を出して日本語をチェックする。生放送中に画面の順序が飛ぶアクシデントがあっても咄嗟の機転を利かせる。「このコメント、9秒でお願いします」と見せられたカンペの文章を、次にカメラが帰ってくるまでカウントダウンする誰かの声が響く中、瞬時に改変し9秒内に美しく収める。集中力とアドレナリンの芸術(アート)。生放送のニュース番組に携わる彼らはある意味、報道アスリートなのだ。
キャリアは「アクシデント続き」だった
担当時間帯の放送が終了すると、小西はスタジオをぐるりと見回しスタッフ全員の名前を担当別に読み上げては「またよろしくお願いします」と一言添えて礼を言った。「『news every.』の慣習なんですよ。私が去年番組に来たときには、すでにこうでした」。
小西のキャリアは、本人曰く「アクシデント続き」だ。記者出身ながら、大抜擢でキャスターへと転身した異色のキャリアの持ち主。新卒入社した読売テレビ社会部時代はトイレで仮眠を取るような夜討ち朝駆けのサツ回り、ロンドン特派員時代には長男が生まれたばかりのベッカムに病院前でマイクを差し出して長男ロメオの名前を聞き出し、選ばれた数少ない報道陣として乗ったブレア英首相(当時)専用機の中からイラク戦争開戦決定の瞬間を報じ、イラク戦争が終わって間もない中をジープで走り抜けた。
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