ノーベル経済学賞教授のCO2削減案に批判も ノードハウス教授はより現実的な対策を支持
1つの代表的批判は割引率についてである。将来の効用の割引率(時間選好率)についてノードハウスは1.5%を使用している。この値に基づけば、100年後の人間の効用は、現在においてわずか23%に見積もられる。
一方、野心的な削減政策を最適とする代表的研究であるニコラス・スターンの「スターン・レビュー」では、0.1%の時間選好率を用いている。この時間選好率だと100年後の人間の効用水準は現在において90%に見積もられる。地球温暖化問題のように将来世代を配慮しなければならない状況では、後者の想定が世代間衡平性の観点から適切であるという論者は少なくない。
しかし、こうした批判に対して、ノードハウスは0.1%の時間選好率を用いれば、むしろ現世代がきわめて過大な負担を将来世代のために強いられる、と冷静に反論する。たとえば、最初の20年間で30~70%もの削減率を実現しなければならず、これはCO2・1トン当たり300ドルもの炭素税を導入しないと実現できない非現実的なものだとする。
いずれにせよ、ノードハウスとスターンの時間選好率の設定の差異をめぐる議論は、どちらが倫理的に正しいか決着のつくものではないが、割引率と世代間衡平性についての関心を刺激したことは事実で、この研究の発展に大きく影響した。
政策の選択、遂行とも課題は尽きない
他方、平均気温が十分に上昇してしまったときのノードハウスが想定する地球温暖化被害は、考えうる被害実態を反映していないとする批判もある。当初よりノードハウスは温暖化被害を気温上昇の2次関数で表した。しかし、気候物理学者のスティーヴン・シュナイダーは、予期せぬ気候変動のもたらす損害があまりにも低く算定されていることを批判した。
ノードハウスは、こうした批判を受け止め、想定する被害の範囲を拡大していったものの(農業、海面上昇、健康、生態系など)、2次関数である想定は維持したままである。しかし、「1.5℃報告書」が可能性を指摘するように、気候変動が進み臨界点を超えて気温上昇に歯止めがかからなくなってしまったり、サンゴなどの生物が大量に絶滅してしまうことの損失被害を同じパラメーターを使った2次関数で表すのは無理があると考えられる。
そもそも、こうした破局的な被害を強く懸念するからこそ、2度目標が立てられているのであろう。今後は、破局的な被害への懸念を的確に反映したり、生物多様性の大規模な消失などを適切に評価するよう発展させる必要があるだろう。
ノードハウスの炭素の社会的費用をめぐる議論は、温暖化政策で社会が何を選択すべきかに答えるための有用な枠組みを提供したという点で大きな貢献を果たした。その包括的な内容は『気候カジノ 経済学から見た地球温暖化問題の最適解』〈藤崎香里訳、日経BP社、2015年〉にまとめられている。しかし、「どの政策を選択するか」と同様に、「温暖化政策をどうやって各国にコミットさせるか」という遂行問題も重要であろう。
ノードハウスは、この問題でも「気候クラブ」という排出削減に取り組む国家が、加盟しない国には貿易制裁などのペナルティーを課すことが効果があるという刺激的な論文を2015年に発表している。こうした研究が実際に適用される日を待ちたい。
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