何事も立ち上げるのは大変だ。でもそれだけでは本当の意味で「終わった後のうまい酒」を飲む権利はない。
「どうなったら『お疲れー』ってうまい酒飲めるの?」
これも宮坂がよく言っていた言葉。
「ゴール」をどこに定めるのか、山の高さをどこに設定するのか、そこに到達して初めてみんなで打ち上げしてうまい酒飲むんだよね? と言うと、とてもわかりやすい、そしてちょっぴり厳しいメッセージだ(立ち上げ当日の打ち上げより、達成してからの打ち上げのほうが、よりおいしい酒が待っている、と前向きにとらえるべきなんでしょうか……?)。
そして、もうひとつ忘れないようにしているのは、石巻元気商店の若い女子2人〈店長・島本幸奈(ゆきな、当時20歳)、副店長・佐藤友美(ともみ、同26歳)〉が立ち上げ直後、数字がものすごく落ち込んでるときに言った言葉。
「生産者さんたちは、被災して苦しい状況なのに、パソコンを新しく買ったり、商品を買ってくれたお客さんに一生懸命手書きのメッセージを書いたり、うまくいったら都会に出て行った息子に帰ってきてもらおうと期待している。その人たちの期待に少しでも応えるためには、どうしたらいいですか?」
本人たちがこれを覚えているかはわからない。でも一回り以上も年下の女子たちが、それぞれに覚悟を決め、被災者・生産者の想いを背負っているのを知り、被災地から離れた東京で自分は何をのんびりしてるんだ、とおっさん(僕)は正直焦った。
インターネットのメリットもあり、彼女たちのビジネスに何千万円もの経費がかかるわけではなかった。それでもしばらくは、彼女たちの人件費も、車の維持費やガソリン代も払えない状況だった。
そんな中でも彼女たちは、「自分たちがどう生活していくか」とか「下手すると、この仕事自体、なくなるんじゃないか」という焦りよりも、地元の人たちのためにいかにモノを売るか、を優先して考えていたのだ。
2人ともあっけらかんとして見えるけど、けっこうな負担が、この若い女の子たちの肩にのしかかっていたと思う。
「まず元気商店の2人が、eコマースビジネスで食っていけるようにしよう」
実はこれが、われわれヤフー石巻復興ベースメンバーの最初の“裏目標”だった。
復興デパートメント立ち上げのときに掲げた3本柱のひとつに、「東北・被災地に復興の中核となるeコマース人材を創出する」というものがある。 インターネットで被災地の課題解決を目指すわれわれにとって、彼女たちが食っていけるようになる、というのは人材創出という目標のためにも、インターネットの可能性を示すためにも、まず必要なことだった。
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