低迷する文学界が「異業種組」に注目する理由 映画「響-HIBIKI」が示唆する文芸の未来図

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群像新人文学賞でデビューした北条裕子の受賞作『美しい顔』が、今年上半期の芥川賞候補にもノミネートされた。多くの批評家が作品を絶賛し、前評判は上々だった。ところが賞の選考会を前に、雑誌掲載時の参考文献の扱いをめぐって出版社間でトラブルが起き、その経緯がマスコミやネットでゴシップとして流れてしまった。

その結果、作品の価値自体が正当に評価される前に、この新人作家のプライバシーまでが詮索されるに至った。結果的に芥川賞の選に漏れたこともあり、『美しい顔』はいまだに単行本化されていない。だが、もし芥川賞を受賞していたら、ゴシップによる事前の宣伝効果もあり、おそらくは空前のベストセラーになったに違いない。

異業種成功者が小説執筆や文学賞候補に

今年の「群像」10月号には、すでに小説の著作もある現役AV女優・紗倉まなの短編が掲載されている。「群像」は昨年2月号では人気の女性ブロガー・はあちゅうの作品も掲載していた。さらに遡ればお笑い芸人・又吉直樹が書いた小説が『文學界』の2015年2月号に掲載され、直後の芥川賞にもノミネートされて受賞した。『火花』は200万部を超えるベストセラーとなり映画化もされた。昨年下期の直木賞に、人気バンドSEKAI NO OWARIの女性メンバー藤崎彩織が書いた初小説『ふたご』がノミネートされていたことも記憶に新しい(こちらは落選)。

もっとも、こうした傾向はいまに始まったことではなく、遡れば1970年代にはすでに起きていた。1977年に画家の池田満寿夫が『エーゲ海に捧ぐ』で芥川賞を受賞したときが、こうした流れの始まりといえるのではないか。

その後も美術家の赤瀬川原平が「尾辻克彦」の筆名で書いた作品で1980年に芥川賞を受賞。ミュージシャンでは1996年に辻仁成が、2000年に町田康がそれぞれ芥川賞を受賞している。ちなみに池田、尾辻、辻は文芸誌の新人賞を経てのデビューだが、町田は特に経ていない。

こうした過去の異業種からの参入組と、昨今の参入組の最大の違いはどこだろう。ジャンルは異なれど、かつてはアートや音楽といった芸術分野から人材が流入していた。しかしこのところ目立つのは、ブロガーやAV女優といった、話題性やインパクトを優先させたようなリクルーティングである。そしてやはり、作者が「若い女性」であることが大きな意味を持っている(逆に、きわめて高齢の女性であることが「ウリ」になる場合もある)。

こうした傾向をどう見るかは悩ましい。あらゆる芸術表現において、異ジャンルからの才能の流入は基本的によしとするべきだ。とはいえ、まったく文学的素養のない者が書いた作品を、作者のアイデンティティがユニークであるというだけでもてはやすことにも問題がある。もちろん、著名人あるいは特異な職業やアイデンティティの人であれ、その者が同時にすぐれた文学的素養の持ち主であるとすれば、なんら問題はないことになる。

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