凶悪殺人犯と対峙しても何とか生き残る方法 自衛隊「特殊部隊」創設者が徹底解説

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現場を目の当たりにした瞬間に、「逃走」という選択肢が真っ先に浮かんだが、同時に「何してんだ! 止めろ」と頭の中で大声もあげていた。声をあげながら残りの2つが浮かんできたが、浮かんできている最中に「説諭、説得による制止」は意味がないことが明白になった。それは、刃物の向いている方向が女性から私に変わり、犯人が刃物を放棄する素振りがまったくなかったからである。

緊迫した状況下で残された選択肢は2つ

残された選択肢は「逃げる」か「やる」かの2つになった。犯人は、私に刃物を向けているものの、そこに殺意のオーラはまったく感じられず、私を近づけさせないために刃物を向けているように感じた。

「来るな! 近づくな!」という絶叫を今にも発しそうだった。この時点で、制圧するというより、武器を取り上げて、その場を収めるという気持ちに変わっていった。そうなると、私の関心事は加害者より被害者のほうに移り、さっさとディスアーム(素手で相手から武器を取り上げる技)をして、応急処置として女性の止血を急がなければならないと思い直した。

文字にするとずいぶんな量になるが、時間にすれば0.5秒もかかっていない。人間の脳は短時間で随分といろいろなことを考えられるものなのである。

2 地域分析
このときは、真っ平らなアスファルトに2人ともいたので、特に土地の特徴を分析する必要はなかった。

3 彼我の分析

相手の強点:刃物を持っている 弱点:扱いに慣れていない
自分の強点:ディスアームを知っている 弱点:素手である

このとき犯人は、どういうわけか私の腹部を凝視していた。無論、腹を刺しにくる刃物も取り上げることは可能だが、できることなら頸部を狙ってくれると、小さな動きでコンパクトにすむので、頸部を刺してくるように首を見せて誘ってみた。

ジリジリと視線が私の腹部から頸部に上がってきたそのとき、見知らぬ男性が真横から犯人の腰に抱きついてしまった。犯人の視線は、その男性の無防備な背中や後頭部に一気に向き、次の瞬間に刃物を差し込むことが明白だったので、私は仕方なく自分のタイミングで入ることをあきらめ、いい体勢ではなかったがディスアームをかけて、刃物を取り上げた。

先述のMDMPに当てはめると、事件現場に遭遇して、1、2、3はほぼ同時に考えて最初の行動は開始せざるをえなかった。その後、犯人の身体と接触してから、4の犯人が何をしてくる可能性があるのか、自分ができることは何かを考えた。要するに、1~5のポイントを手続き通りに検討し、取るべき行動方針を決定したわけではないのである。標準手続きなんて、そんなもんである。これを、定められた通りの形にこだわると判断も行動も時機を逸することになると思う。

【パート3】最後は、自分の感性にしたがう

決断するときに、人は必ず迷う。それは、合理的な思考法だけで結論に達することは極めてまれだからである。ただし、合理的に選択肢を絞り込んでいくことは可能だし、極めて重要なことである。

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また、非常時に求められる決断に、時間的な余裕があることもまれである。だからこそ、合理的で論理的な思考過程をあらかじめ定めておいて、その手順に従って決断の際の選択肢を減らしていくのである。

そして、最も大切なことは、合理的な思考法だけで選択肢が1つにならないときにどうするかである。そうなったら、根拠なく、自分の感性のままに決めるしかない。しかも、瞬間的にである。

合理的に選択肢を瞬間的に減らし、絞りきれない選択肢の中からギャンブル的に1つを選択し実行する。口で言うのは簡単だが、これは、常日頃から心がけ、実践することをイメージしていないとできるものではない。

受難に遭っている人を救出するための思考法ということではなく、誰にでも訪れる非常時の意思決定法の1つの例として参考にしていただければ幸いである。

伊藤 祐靖 元自衛隊特殊部隊員

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いとう すけやす / Sukeyasu Ito

1964年東京都生まれ。日本体育大学から海上自衛隊に入隊。防衛大学校指導教官、護衛艦「たちかぜ」砲術長を経て、「みょうこう」航海長在任中の1999年に能登半島沖不審船事案に遭遇した。これをきっかけに全自衛隊初の特殊部隊である海上自衛隊「特別警備隊」の創設に携わる。2007年、2等海佐の42歳のときに退官。後にフィリピンのミンダナオ島で自らの技術を磨き直し、現在は各国の警察、軍隊への指導で世界を巡る。国内では、警備会社等のアドバイザーを務めるかたわら私塾を開き、現役自衛官らに自らの知識、技術、経験を伝えている。

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