医者と患者が「ガッツリすれ違う」根本理由

大竹文雄×石川善樹「行動経済学の力」対談

石川:つまり「今のままでいい」ということですね。医師にとっては、正しい知識を非常にわかりやすく伝えているつもりなのに、患者さんがなぜこんなこと言うのか、まったくわからないと絶句してしまう。

大竹:人には、同じことをずっと続けたいという特性があります。現在の状態を続けられないと、すごく損をした感じになるわけです。

また、先延ばしという特性もあります。

変えたくないし、先延ばししたい人間心理

主治医:「ご覧になって感じておられると思いますが、旦那さんは危篤状態です。現在の状態で心臓が止まった場合、私の経験上、心臓マッサージをしても再び動き出すことはほとんどありません。動き出してもすぐにまた止まり、苦痛を増すだけになる可能性が高いと思っています。『心臓マッサージなどの延命処置を行わないで自然な形で最期を迎えることを希望する』という御家族もいらっしゃれば、『心臓が止まったとき、心臓マッサージなどの延命処置を希望する』という御家族もいらっしゃいます。御家族としての御意見はいかがですか? 旦那さんならどう思われると思いますか?」
患者の妻:「今決める必要ありますか? 急に言われても決められなくて……」
主治医:「そうですね。では、明日お伺いします。もしそれまでに心臓が止まったときはそのときお尋ねしますね」
〈そして、次の日〉
主治医:「どのようになさるか決めてこられましたか?」
患者の妻:「いえ、なかなか責任が重くて決められなくて……」
主治医:「……」
『医療現場の行動経済学』より引用

こんな緊急な状態でも、意思決定を先延ばししてしまう「現在バイアス」が現場では発生している。

石川 善樹(いしかわ よしき)/ 予防医学研究者。ハビテック研究所長。1981年、広島県生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士号(医学)取得。(株)Campus for H共同創業者。「人がよりよく生きる(Well-being)とは何か」をテーマとして、企業や大学と学際的研究を行う。 専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学など(撮影:尾形文繁)

石川:医師も困ってしまいますね。でも患者さんや家族も、命にかかわる決断はしづらいでしょうね。

大竹:利用可能性ヒューリスティックの会話例では、主治医が「来週から入院して抗がん剤治療を始めていきましょう」と言うと、患者さんは「先日、新聞で『〇〇でがんが消えた』という広告がありました。それに挑戦してみたい」と。それに対して、主治医が「そんなよくわからないものより、有効と証明された医学的根拠のある抗がん剤治療をお勧めします」と説得しても、患者さんは「新聞に大きく載っていた」と反論する。

石川:これもよくありますよね。医師は標準治療という言い方をしますが、患者さんとしては、「私が欲しいのは標準ではなくて、特別な治療なんだ」という思いがあるのだと思います。そんなときに、効果がありそうな治療の広告を見てしまうと……。

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