過重労働に心を殺されないスキルは「表現」だ 30日連勤200時間残業…僕はペンを執った

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私自身は漫画という表現に挑むことで、かなりいろいろなものを見つけることができた。私も自覚していなかった私の思考、私の視点、私の立ち位置などが見えてきた。社会の中で私はどういう存在で、かつそこからどこへ行きたいのか、何をしたいのか、どう生きたいのかを示すもの、すなわちワークと出会うことができた。

ワークがあるからジョブにいそしめる

大仰にまとめてしまったが、言葉にするととてもシンプルで、要するに私という人間は本が大好きで、本を守り、本を愛することをしたいのだと気づけた、というだけである(編集者というジョブにあって、本を愛するというワークに出会ったというのなら、結局ジョブとワークが同じではないか、とする指摘があれば、私は苦笑いしながら首を横に振る。本をつくることと、本を愛することは……現代の出版業界に生きていると、とてもではないが同じとは言えないのである、悲しいけれど)。

重要なのは表現をすることで私は私の心を過重労働の重圧から確かに守ることができたという事実である。残業も、たまにある休日出勤もワークを前提に考えれば耐えられるようになった。相変わらず平社員のままで給料も上がらないが、別にかまわない。私にはワークがある。だから今日も労働者であり続けられる。 

私は漫画を描いたが、その漫画がとびきり優れたものとしての評価を受けたり、出版されて何十万部と売れたり、といったことはなかった。が、それでよい。別に漫画家になりたくて漫画を描いたわけではない。

私は労働者である。そのうえで、今日および明日を楽しい気持ちで働くために、今夜も少し、漫画を描く。

川崎 昌平 作家・編集者

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かわさき しょうへい / Shohei Kawasaki

1981年生まれ。埼玉県出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了。作家・編集者。主な著書に『ネットカフェ難民』(幻冬舎)、『重版未定』、『重版未定2』(ともに河出書房新社)、『編プロ☆ガール』(ぶんか社)、『労働者のための漫画の描き方教室』(春秋社)などがある。現在、『ぽんぽこ書房小説玉石編集部』を「小説宝石」(光文社)にて連載中。

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