30歳、2社を渡り家業継いだ彼とお金のリアル 手取りは月20万円、「もっと稼がなければ」

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新卒で小売企業に入り、実家から通勤。そして、働くことの厳しさを実感した。それまでドーナツ屋でのアルバイト経験があるため、働くことに関してはある程度理解しているつもりだった。ところが、就職とバイトは求められていることが違い、売り上げの数字を出さねばならないことがプレッシャーだった。

「手取りは15万~16万円でボーナスは年2回の0.5カ月分ずつ。繁忙期は深夜2時まで帰れないこともあったのに、残業代がつきませんでした。2年目からは1~2時間ほど残業代がつくようにはなりましたが、店長によって出退勤の時間の記録を操作されていたのは明らかでした。ブラック企業が問題になっていた頃だったので、ネットで調べて、個人的に自分で本来の出退勤時間をメモし始めました。何かあったときのための証拠にしようと。結局、そのメモを上司に見せることはありませんでしたが。

振り返ってみれば典型的なブラック企業だった(筆者撮影)

また、お中元やクリスマスといったイベント時、売れ残った商品は社員が買い取らないといけませんでした。社員が買い取ることを前提で多めに仕入れているように思えました。僕は買いたくなかったので、イベント時には財布を持っていきませんでした(笑)」

少ない手取りのなか、毎月3万円を家に入れた。貯金はほとんどできなかった。シフト制だったので友達と休日が合わない。そこで、休日は1人でパチンコをして過ごした。「やりたくてやっているのではなく、出掛ける理由を作るためにパチンコに行っていた」とダイスケさんは語る。負けることのほうが多かったが、期待させる演出のパチンコ台の前に座るとテンションが上がった。

きちんと残業代が出ないことと、上司との関係が悪かったことから2年で退職。特に希望の業界はなかったが、大学が運営する宿泊施設の仕事を姉から紹介してもらった。大学の関係者が利用できる施設で北関東にある。仕事内容は食堂での調理。料理は未経験だったが、一から教えてもらった。

「ここでは寮に入りました。寮費は安くて月1万2000円。でも、別途の食費がとても高くて月4万円もしました。お客さんに出すものと同じものを食べるので、同じ価格だったようです。また、田舎特有の狭いコミュニティに最初は戸惑いました。職場の人に『こないだ、どこどこを歩いているのを見かけたけど、どこに行ったの?』と聞かれることが嫌でしたが、この小さいコミュニティを外れたら僕はやっていけないと思い、のみ込みました。でも、仕事自体はとても自分に合っていました」

正社員になるのを反対され、家業を継いだ

給料は前の会社とそう変わらなかったが、職場の人がみんな優しく、一生ここで働きたいとすら感じていた。毎月5万円貯金もでき、この職場で働いた2年間で約120万円貯まった。職場の人とのイベントがあった際のつながりで、のちに結婚することになる彼女もできた。

最初の2年は契約社員で、そこから希望すれば正社員になれるということだった。更新の時期が来た頃、正社員になろうと親に相談しに行く。しかし、正社員になることを父親は許可しなかった。

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