日本建築は今も木造の伝統を受け継いでいる

ヨーロッパの「石造」建築とは対照的だ

丹下さんのもう一つの工夫はバルコニーです。木造を鉄筋コンクリートに置き換えると構造上、どうしても柱より梁が大きくなって、頭でっかちな印象になってしまうんですね。そこで丹下さんは梁が目立たないようにバルコニーをつけたんです。〈香川県庁舎〉などではバルコニーは要らないのについている。でも日本の建築家は照れくさいのか、こういった工夫を口にしないことが多いですね。

藤森照信著『丹下健三』(新建築社)より、〈香川県庁舎〉のページ(写真:HILLS LIFE)

この展覧会に登場する日本の建築家はみな何らかの形で伝統を受け継いでいますが、本人は伝統との関係は気づいていません。というよりも気づく程度のものは本当には生きてこないのです。食べ物がたんぱく質やビタミン、ミネラルのレベルまで分解されないと血肉にはならないのと同じです。建築家によってその栄養分に偏りがあるわけです。

この大きさの空間を石で造ったら

――展覧会には〈待庵〉の原寸大再現が出品されますし、藤森さん自身も茶室を設計されています。茶室はやはり、日本建築において重要な位置を占めるものだと思われますか。

伝千利休 《待庵》 1581年頃(安土桃山時代)/2018年(原寸再現) 制作:ものつくり大学 展示風景:「建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの」森美術館、2018年 写真:来田 猛 画像提供:森美術館(東京)

茶室は日本にしかなく、また木造でしか造れないんです。木、土、紙、竹といった軽い材料だから畳2枚分の小さなスペースに、二人の人が4時間も相対する場を作り出すことができる。空間をいくら見ていても飽きないのです。もし、この大きさの空間を石で造ったら牢屋のようになってしまうでしょう(笑)。

私はこの狭い茶室の中に火(炉)があることが決定的だと考えています。日本では神の住まいには火はなく、人の住まいには火があるんですね。神は煮炊きなどしませんから。〈待庵〉を作ったとされる利休の時代には、貧しい人たちは縄文時代の竪穴式住居に毛が生えたバラックのような家に住んでいました。4畳半ぐらいの大きさで床も張っていない、土間のままの住宅です。その貧しい、狭い家を究極の、完璧かつ芸術的な形にまで極めたものが〈待庵〉なのです。中に入るとそのできのよさにあきれます(笑)。炉の位置、床の間、腰壁に貼られた紙、障子とそこから入る光、どこをとっても直すところが一つもない。利休から学ぶところはほんとうにたくさんあると思います。

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