アメリカのヘンリー・フォードが考案したとされる流れ作業による製造が始まるまで、自動車の製造は世界的にこのロッド生産を主体としてきた。作業者の修練と、作業の手間がかかるため価格は何倍も高く、したがって裕福な人しか手にできない乗り物であった。
正しくは、当時の作業と異なるが、わずか4人の熟練工が出来上がった部品を丁寧に組み立てていくさまは、とても現代の自動車生産工場とは思えない。
1日に3台しか作れないからこその価値
なぜ、トヨタは大量生産と対極にある製造法を今日なお継続することができるのか。答えは、圧倒的な生産台数の少なさである。センチュリーは、3代目においても1日に3台しか作れない。月販目標はたった50台だ。そのために、自動化し流れ作業を行う生産設備はかえって投資に見合わないのである。
同時にまた、100年も前に行われていたような自動車製造の仕方を今日まで残すことにより、物づくりの原点を見直す機会をもたらす。大量生産によって物が氾濫すると、物のありがたみが忘れられがちになる。新型センチュリーの価格は1960万円だが、高価という以上に、人が手で作った物のありがたみをその価格に見ることができるのである。
今日、100円ショップで手に入れられるもので事足りることもあれば、高価でもよい物を永く使い続ける喜びもあることをブランド品は教えてくれる。トヨタという自動車メーカーの中に、そうした対極の価値を知る機会が残されていることは、世界でもまれにみる状況であろう。
生活を満たす物と、人生に彩りをもたらす物とは違う。そのことを教えてくれるクルマがあっていい。そしてそれぞれに意味がある。
トヨタ1社に限らず、日本人にとって、センチュリーの存在は、物の価値を測るうえで掛け替えのない宝といえるのではないだろうか。
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