「大家さんと僕」が日本人にじんわり響く理由 大家さんには現代人にない上機嫌さがある

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矢部:どこまで引けるかな?と思ってます。「この一言だけでも通じるなぁ」とか。逆にこの場面は、背景を描き込みすぎて後悔しました。

(c矢部太郎/新潮社)

齋藤:これで描き込みすぎなんですか?(笑)

矢部:はい。雑多な場面から次の先輩の一言につなげようと思ったんですけど、やりすぎました。この場面は本の後半に出てくるんですけど、最初より自分の画が上手くなってきて、うれしくてつい……(笑)。

齋藤:基本的にシンプルな表現なのですが、それが逆に想像力をかき立てます。知人の死について語る大家さんの背中をあえて小さく描いたりと、言葉で説明しなくても、これだけで大家さんの悲しみや虚しさが伝わってきます。オーバーに感情の起伏を見せないのも日本的ですよね。同じ表情だけど、笑ってるようにも、泣いているようにも見える。

間(ま)の取り方はお笑い

矢部:前後にストーリーがあるから、たとえ同じ表情でも同一には見えないと思うんです。

『大家さんと僕』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします)

齋藤:一方、作品に描かれる身体表現はけっこう大胆で、思い出のシーンで突然車がふわりと浮かんだりする。身体感覚も鋭敏ですよね。

矢部:バラエティ番組でプロレスラーに投げられたり、ペットボトルロケットに括り付けられて飛ばされてたのがやっと生きたんですかね~(笑)。

齋藤:『大家さんと僕』の間(ま)の取り方は、お笑いの間ですよね。芸人・矢部太郎の持つ身体性が作品のテンポや間を作り出し、大家さんと矢部さんの丁寧な日本的コミュニケーションが、作品全体の安定した上機嫌を生み出している、そう思います。

矢部:うわぁ、すべてつながってますね! でもその経験を、肝心のお笑いで活かせないんですよねぇ……。

(構成:出来幸介)

齋藤 孝 明治大学教授

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さいとう たかし / Takashi Saito

1960年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業後、同大大学院教育学研究科博士課程等を経て、明治大学文学部教授。専門は教育学、身体論、コミュニケーション論。ベストセラー著者、文化人として多くのメディアに登場。著書に『声に出して読みたい日本語』(草思社)、『読書力』(岩波書店)、『雑談力が上がる話し方』(ダイヤモンド社)、『質問力』(筑摩書房)、『語彙力こそが教養である』(KADOKAWA)、『読書する人だけがたどり着ける場所』(SBクリエイティブ)ほか多数。著書発行部数は1000万部を超える。

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矢部 太郎 お笑い芸人

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やべ たろう / Taro Yabe

1977年東京都生まれ。お笑いコンビ「カラテカ」のボケ担当。初めて描いた漫画『大家さんと僕』が第22回手塚治虫文化賞短編賞を受賞し55万部突破のベストセラーになっているが、相変わらずバラエティでは緊張してうまく喋れないのが悩み。最近では、舞台や映画などで俳優としても活動している。父親は絵本作家のやべみつのり。

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