空前の大ブームで見えたインプラント(人工歯根)治療の光と影

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 「15年前に左下あごに入れたインプラント(人工歯根)は、今もしっかり根付いています。それまで歯周病で奥歯がぐらついていたが、固いものもかめるようになった。信頼できる歯科医に出会うことが大事だということですね」

会社社長の高山春夫さん(仮名、61)がこう振り返る。銀行の支店長時代に埋め込んだインプラントは左あごの骨としっかりと一体化している。そして高山さんは昨年夏から新たに右上の奥歯部分の根本的な治療を開始。歯を支える土台の骨を増やす手術を行ったうえで、今年10月14日に2本のインプラントを埋め込んでもらった。

手術から2日後の10月16日、高山さんがインプラント治療を受けた東京・銀座の歯科診療所を訪れた。

「今回の手術も痛みも振動も感じず、眠っている間に終わったような感じ。翌日には職場に復帰したが、体調もいい」と高山さん。

出迎えたのは、高山さんに手術を行った小野善弘・歯科医師。貴和会銀座歯科診療所の創設者だ(現在は貴和会顧問)。米国で経験を積み、歯周病やインプラント治療で高い評価を受けている。

その小野歯科医師が言う。

「インプラントはただ埋め込めばいいというものではない。特に歯周病によって骨や歯を失った患者さんは残っている歯の歯周病を根本的に治療しなければ、地崩れが起きているところに家を建てるようなもの。歯周病をきちんと治療することが、インプラントを長持ちさせることにつながる。だから、高山さんの場合も、時間をかけて基礎から治療してきた」

学会正会員は1万人に医療安全など課題も

健康保険がきかず、品質への不安から「高い、怖い、うさんくさい」「10年もたない」などといわれてきたインプラント治療が近年、急速に質の向上を遂げている。

信頼できる歯科医師に巡り合えれば、本物の歯に近い感覚を取り戻すことも不可能ではない。歯の健康は、かむ行為を通じて体全体の健康にもつながるだけに、インプラント治療の進歩は望ましいことだ。

一方、コンビニエンスストアよりも数が多く、20年来続く低い保険診療報酬に苦しむ歯科診療所にとって、まとまった収入が期待できるインプラント治療は、「救世主」になっている。

歯科の専門誌では「インプラント講習会」の広告が所狭しと並んでいる。基礎を学ぶ「1日コース」を手始めに、「2日コース」「8日コース」など内容はさまざま。海外研修ツアーへ誘う広告も目を引く。

だが、空前のブームの中で、光の部分と影の部分が交錯している。

「光の部分」の1点目は技術革新。1990年代の純チタンのインプラントの実用化により、骨との親和性が飛躍的に高まった。また、「静脈内鎮静法」という、痛みがなく、体に負担の少ない治療法も用いられるようになっている。

すでにインプラントは、従来主流だった入れ歯やブリッジ(下図参照)と並ぶ治療法として認知されるまでになっている。

インプラントの長所は、入れ歯と異なり、あごの骨にしっかりと固定されることにある。そのため、本物の歯とほとんど変わらない感覚でかむことができ、口腔内の安定感が増す。そのうえ、見栄えもよい。また、ブリッジと異なり、健全な歯を削る必要もないのも大きな長所だ。

そして、光の部分の2点目は、インプラント治療を手掛ける医師が増加し、普及が進んできたことだ。インプラント治療の正確な市場規模を示すデータはないが、急成長を裏付けるデータはいくつかある。

その一つがインプラント出荷本数の右肩上がりの伸びであり、2001年に約16万本だったインプラント出荷本数は、04年には24万本に急増。その後もさらに伸び続けているもようだ。そして、もう一つが「日本口腔インプラント学会」の会員数の伸びだ。

10年前の98年には約4000人だった学会会員数は、「今年暮れには1万人を突破する見通し(川添堯彬(たかよし)・日本口腔インプラント学会理事長)。すでに今年8月には、日本口腔外科学会の会員数を抜き、歯科系の学会では最大規模にのし上がった(101ページの川添理事長インタビュー参照)。また、「1万人」という数字は日本の歯科医師のおよそ1割強に相当する。


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